第4話
翌朝、法院通りの空には昨夜の雨が薄く残り、軒から落ちる雫が、石畳の同じ場所を飽きずに叩いていた。
机の上には、夜明け前にヴェンツェルの使いが届けた三枚の紙があった。一枚には医師の名があり、もう一枚には母子の居所が書かれ、最後の紙には少年を小姓として雇った日が記されていた。
どの文字も読みやすかったが、少年の名だけが妙に小さかった。
「これで証拠になるでしょうか」
アエミリアが尋ねた。
「お前が自分で書いた履歴書を、人格の証明に使うようなもんだ。行き先が分かっただけで、書いた男が嘘つきじゃない証拠にはならん」
「では、どこから行きますか」
「噂からだ」
「噂を信じるのですか」
「信じない。だが、嘘は事実の周りに生える。先にどんな雑草が生えてるか見ておけば、誰が何を隠したがってるか分かる」
母子の住居は、王都の北へ寄った古い職人街にあった。
雨上がりの路地は狭く、軒先から張り出した布が、洗い流された空の色をぼんやり映していた。染物屋の裏を抜けると、煮炊きの煙に薬草の苦い匂いが混じり、その先に三階建ての古い集合住宅が見えた。
入口に立っていた家主は、ヴェンツェルの名を聞くと、口の端をいかにも事情通らしく歪めた。
「ああ、あの貴族様ですか。何度も来ましたよ。夜にね」
「何度だ」
ヴァンフリートが訪ねると、家主は一瞬考えた。
「三度か、四度か」
「三度と四度じゃ、一晩違う」
「それくらいです。いちいち数えてはいませんよ」
「いつから来た」
「女が寝込んだ頃でしょう」
「その前は?」
「見た覚えはありません」
家主は答えてから、それでは話が面白くならないと思ったのか、声を落とした。
「ですが、医者の金を出して、滞っていた家賃まで払ったんです。女の子供も自分の屋敷へ連れて行った。どういう仲かなんて、言わなくても分かるでしょう」
「分からんから聞いてる。お前は二人が抱き合ってるところを見たのか」
「まさか」
「口づけは?」
「見ていません」
「寝台へ入ったところは?」
「そんなもの、他人が見るわけには」
「じゃあ、お前が見たのは、男が夜に来て金を払ったところまでだ」
「普通、それだけあれば――」
「普通の想像を証言に混ぜるな。お前の頭の中まで法院へ出したら、書記官が気の毒だ」
家主は不服そうに口を閉じた。
その横で、アエミリアは家賃帳を見せてもらっていた。滞りは二月分あり、支払いは一度で済まされている。金を受け取った日付は、母親が倒れたという日の翌朝だった。
「ヴェンツェル様が、直接お支払いを?」
「使いの者が持ってきました」
「その後も、毎月こちらへ?」
「いいえ。滞っていた分だけです」
アエミリアは帳面を閉じた。
家主が語った「囲われた女」の暮らしには、その後も同じ部屋で針仕事を続けなければならぬほどの慎ましさしかなかった。




