第1話
秋から冬へ傾きかけた午後、法院通りの石畳には薄い陽が溜まり、街路樹から落ちた葉が、まだ枯れ切らぬ青さを残して風に転がっていた。
アエミリアは新聞の端を硯で押さえた。紙面の上では、昨朝行われた決闘が、すでに一人の英雄を作り上げていた。
「ルイトポルト・フォン・ペグニッツ、決闘に敗れる。勝者はヴェンツェル・フォン・ルクセンベルク」
向かいで書類を読んでいたヴァンフリートは、顔も上げなかった。
「剣で一度勝っただけで英雄になれるなら、勇気は剣術師範への月謝で買える。ずいぶん安い徳だな」
「ですが、正式な立会人の前で勝っています」
「そこは疑ってない。読めば分かる。最初の一撃を避け、二撃目も避け、三撃目からは相手に背中を見せない程度に逃げ回った。勇気というより、逃げ道を探す目が優れてたんだろ」
「間合いを外し続けた、と書いてあります」
「新聞は読者に夢を売る。決闘場を走り回った男を臆病者と書くより、冷静な剣士と書いた方が売れるからな」
新聞の向こうから、男の声がした。
「三撃目までは戦術的後退だ。四撃目からは敵の疲労を促す積極的防御。逃走とは、帰る意思を持って戦場を離れることをいう。私は最後までいた」
紙面の端へ、手袋をはめた指が掛かった。
アエミリアが新聞を下ろすと、その向こうにヴェンツェルが立っていた。薄灰色の上衣には決闘場の土が残り、右手に持った帽子は縁が潰れていたが、本人の身体には傷らしい傷もない。新聞の中で剣を掲げる勝者より、目の前の彼はずっと無事で、ずっと得意そうであった。
ヴァンフリートは一度だけ彼を見た。
「死人が出なくて残念だったな。お前が死ねば、明日の一面も飾れた」
「私は一日しか売れない名誉より、毎日使える命を選ぶ主義だ」
「命あっての物種か」
「死者の名誉は相続人にしか役立たん。私には相続させるほど惜しくない親族しかいない」
ヴェンツェルは空いている椅子へ手を伸ばした。座ってよいかとは尋ねなかったが、アエミリアが椅子の上の書類を退けるのを待ってから腰を下ろした。勝手な男にも、尻の置き場を選ぶ程度の慎みはあるらしい。
「それで、決闘の勝者がこんな日陰の机へ何を買いに来た」
「救済だ」
「他を当たれ。ここは教会じゃない」
「金は払う」
「なら話だけは聞く。信仰より金の方が証拠になる」
ヴェンツェルは上衣の内側から、二つ折りにした紙を取り出した。
紙の縁は揃い、折り目にも乱れがない。受け取ってから何度も開いた紙ではなく、開きたいのを我慢していた紙のように見えた。
アエミリアが広げると、婚約解消の通知であった。




