第24話
地方からの返事は、六日目の朝、雨の匂いを封じたまま届いた。
夜通し駅馬車に揺られた封筒は、角がやわらかく潰れ、濃緑の封蝋には細い亀裂が入っていた。シグルーンが小刀を差し込むと、乾いた音がして、遠い土地の雨がようやく王都へ着いたように思われた。
窓辺ではアエミリアが、朝の光に紙を透かしている。
ヴァンフリートは長椅子へ半ば寝そべり、呼び出された不満を隠そうともせず、泥のついた靴先で絨毯の模様を追っていた。
「何と?」
アエミリアが尋ねた。
「面談には応じるそうです」
シグルーンは一枚目を読み終え、次の紙を開いた。
「双方に異存がなければ、三か月の試用任用を認める、と」
「六日待たせて三か月か。長生きする家だな」
ヴァンフリートは欠伸を噛み殺した。
「慎重なのです」
「臆病者が自分を呼ぶ時に使う言葉だ」
「横領して資格を失った方を雇うのです。用心深くならない方が不自然でしょう」
「本人より紹介する側を疑った方がいい。特にお前は顔が善良すぎる」
「あなたよりは、信用を得やすい顔をしていることは自覚していますわ」
「信用は馬鹿を扉の中へ入れるための鍵だ。俺には必要ない」
シグルーンは二人の言葉を放っておき、同封された書面へ目を落とした。
差出人は、西方に所領を持つ旧知の地主領主だった。大領主と呼ぶには土地が狭く、書記一人へ任せるには、古い契約が絡みすぎている。二つの村にまたがる森では伐採権が争われ、雪解けの水を引く溝についても、毎年同じ家々が違う昔話を持ち出すという。
資格のある法家を置くほど豊かではない。
しかし、素人の家令だけで扱えば、境界の杭一本が訴状へ育つ。
「役目は領地執行官です」
シグルーンが言った。
「法院の執行官ではございません。地代や森林、水利の契約を確かめ、境界の争いを整理し、必要があれば地方法院へ書面を出します」
「権力はないのに、恨まれる理由だけは揃ってる。ギュンター向きだな」
「褒めておられますか」
アエミリアが尋ねた。
「俺が褒めているように聞こえたなら、お前は昨夜よく眠れてない」
シグルーンは三枚目を読んだ。
文章は丁寧だったが、疑念まで丁寧に包んではいなかった。
「現金を預けることはできないと、明記されています」
「当然だ」
「地代の記録を見ることは許しますが、受取りと支払いは家令が行います。ギュンター様が契約案を作成した場合も、領主か家令の副署がなければ効力を持たせない、と」
「人の金と自分の金を見分けられない男へ、線を引く役を別に置くわけか。幼児には柵、元法家には副署。文明は親切だな」
「月ごとに帳簿との照合も受けます」
「それは仕事の監査か、飲酒量の観察か?」
「前者です」
「惜しい。後者なら初日で試用が終わる」
アエミリアは、シグルーンの手元から書面を受け取った。
紙の下方にある一節で、その目が止まる。
「刑事手続が始まった場合には、試用任用を停止できる、とございます」
「その条件は必要ですわ」
シグルーンが答えた。
「領主の名で書面を扱う者です。無罪と決まっていない段階で罰することはできませんが、財産に関わる職務を続けさせる義務もございません」
「十二年前の件について手続が始まれば、仕事を失うかもしれないのですね」
「停止です。直ちに解任するとは書かせませんでした」
「ずいぶん優しいな」
ヴァンフリートが言った。
「先生なら、どう書かれますか?」
アエミリアは質問した。
「『悪いことをするな。したなら、せめて帳簿へ書くな』で済む」
「それでは契約になりません」
「人間は長く書けば自分が正直になった気でいる。契約書が厚いのは、紙に良心を代わってもらうためだ」
アエミリアはさらに先を読んだ。
資格を失った事情について虚偽を告げた場合、あるいは任用後に新たな不正があった場合は、試用を打ち切る。そこには過去を赦すとも、将来を保証するとも書かれていなかった。
「身元保証も求められています」
彼女は言った。
「紹介だけでは足りないそうです」
シグルーンが、最後の紙をヴァンフリートの前へ置いた。
「最初の一年、職務上の損害に備えて保証人を置くこと。加えて、一定額を雇い主へ預託することが条件です」
「金まで人質に取るのか」
「信用をお持ちでない方を送り込むのですから」
「信用がないから金を置く。金がないから信用を失う。世間という奴は、同じ階段を上からも下からも転がすのが好きだな」
「お支払いになれませんか」
シグルーンは尋ねた。
「誰に聞いてる」
「仕事を用意すると仰った方に」
「雇い主を見つけたのはお前だ」
「では、お断りしてよろしいのですね」
ヴァンフリートは長椅子から身を起こした。
「朝から性格が悪いな」
「あなたを相手にする日は、早起きすることにしておりますわ」
ヴァンフリートは保証額の記された行を見た。
冗談は言わなかった。
窓の外では、夜の雨を吸った屋根が淡く光っている。軒から落ち残った雫が、朝の風に耐えきれず、一つずつ中庭へ落ちていた。
「用意するさ」
ヴァンフリートは言った。
「先生」
アエミリアが顔を上げた。
「痛い出費だ。支度金だけじゃなくて、保証金まで払うハメになった」
「屋根が付く日がさらに遠のきます」
「屋根は返事をしない。あの男より扱いやすい」
「雨は防いでくれます」
「十年防がなかった屋根だ。ならもう少しなくても同じことだ」
シグルーンは封筒の中を改めた。
「保証金が届けば、先方は面談の日を定めます。試用の内諾書にも既に封印がございます」
淡い紙の末尾に、地方地主家の封蝋が押されていた。
まだギュンターの名は書き入れられていない。
空いた一行が、白いまま彼を待っていた。




