第14話
依頼状は、リーゼロッテ自身が書いた。
卓上から食器が片づけられ、代わりに紙とインクが置かれた。
リーゼロッテはしばらく考え、筆を取った。
婚約の破棄を求めるとは書かなかった。
婚約を続けるとも書かなかった。
条件の意味と、過去の争いについて、自分が判断するために必要な事実を知りたいこと。その間、婚約登録と条件の執行を進めないよう求めたいこと。そのため、自分だけの代言人になってほしいことを書いた。
最後に、自分の名を署した。
婚約条件書へ書いたものと同じ名だった。
だが、今度の署名は、知らないものを引き受けるためではない。
知るまで待ってほしいと、自分のために求める署名だった。
赤い蝋が紙へ落とされる。
リーゼロッテは、ローエンハイム家の印ではなく、自分個人の封印を押した。
シグルーンは翌日の午前に来た。
淡い青銀の髪をなびかせ、冬の光を映すような色の衣装をまとっている。彼女が応接の間へ入ると、昨日まで祝いの花が置かれていた部屋が、そのまま審問の前室になったようだった。
ヴァンフリートを見るなり、わずかに眉を上げた。
「あなたが御家族の代言人ですの?」
「違う」
「賢明ですわ。家族全員を依頼人にすると、誰の利益を守っているのか分からなくなりますもの」
「入って最初に俺へ喧嘩を売るな」
「買ってくださる方へお持ちしただけです」
シグルーンはアルブレヒトとコンラートへ礼をし、マルガレーテへ挨拶した。
それからリーゼロッテへ向き直った。
「依頼状を拝見しました。まず、御本人だけからお話を伺います」
「私たちも同席する」
アルブレヒトが言った。
「なさいません」
「家の問題だ」
「私の依頼人は、リーゼロッテ様です」
「父親だぞ」
「存じております。ですから、退席をお願いしております」
アルブレヒトの顔が固くなった。
「俺もか」
ヴァンフリートが尋ねた。
「特にあなたですわ」
「重要参考物提供者だぞ?」
「それを私へ渡して、出ていきなさい」
「礼儀はどこへ置いてきた」
「あなたの机の屋根と同じ場所では?」
アエミリアが立ち上がった。
「いきましょう、先生」
「お前まであいつの味方か」
「リーゼロッテ様の代言人ですから」
「もう受任した顔をしてるぞ」
「受任するかどうかも、これから御本人と決めます」
シグルーンは扉を示した。
「聞こえませんでした?」
「聞こえた。確認しただけだ」
ヴァンフリートは不機嫌な顔のまま部屋を出た。
最後にアエミリアが退き、扉を閉じた。
室内には、シグルーンとリーゼロッテだけが残った。
シグルーンはすぐには椅子へ座らなかった。
「御家族から、私へ伝えてほしくないことはございますか」
「分かりません」
「では、御家族へ伝えてほしくないことは?」
リーゼロッテは少し考えた。
「今は、ございません」
「今後できるかもしれません。その場合、私には守秘の義務があります。お父様にも、お兄様方にも、あなたの許可なく伝えません」
「兄様にも?」
「当然です」
「怒ると思います」
「それは、私の依頼人には関係のないことですわ」
リーゼロッテの口元が、わずかに緩んだ。
シグルーンは向かいの椅子へ座った。
机の上には、婚約条件書と、リーゼロッテが書いた依頼状が置かれている。
「婚約を破棄したいのですか」
最初の質問は、それだった。
家名も、過去も、財産も尋ねなかった。
リーゼロッテは自分の手を見た。
「まだ、分かりません」
「では、婚約を続けたいのですか」
「それも、今は分かりません」
「分からないのに、私へ何を依頼なさいますか」
逃げ道のない問いだった。
けれど、答えを決めつける問いではなかった。
リーゼロッテは長く黙った。
父の名がどう傷が付くのか、兄の職はなくなるのか、母の手紙も、そして名も知らない誰かも。
それらはまだ、何一つわからない。
分からないまま婚姻すれば、穏やかに終わると聞かされた。
だが、その穏やかさが誰のためのものなのか、彼女は知らなかった。
「けれど」
リーゼロッテは顔を上げた。
「何も知らないまま妻になることは望みません」
シグルーンは黙って続きを待った。
「わたくしが決めるまで、止めてください」
「何を止めるのです」
「婚約登録を。条件書による財産の移転も、任官支援も。わたくしが知らないまま、先へ進むことを止めてください」
「破棄ではなく?」
「はい」
「事情を知った後、同じ婚約を望む可能性も残すのですね」
「残してください」
「御家族に不利な事実が出ても?」
リーゼロッテの指が、右から左へ伸びた。
触れる前に止まった。
「隠さないでください」
声は震えていた。
「わたくしに必要なことであれば、父上と兄上に不利でも、教えてください」
「名を伏せられた方については」
「その方の望まないことまで、わたくしへ知らせる必要はありません」
「誰が、必要な範囲を決めますか」
「わたくしと、あなたで」
シグルーンは初めて、わずかに表情を和らげた。
「その御依頼でしたら、お受けします」
リーゼロッテは息を吐いた。
救われた者の息ではなかった。
自分で選んだ責任が、初めて自分の肩へ戻ってきた時の息だった。




