第6話
法院通りへ戻ると、日が傾いていた。
ヴァンフリートは帳簿から書き取った金の流れを机へ置き、その隣に和解書を広げた。
アエミリアの持参金は、ハルデンブルク家の古い借金を減らし、伯爵邸を修繕し、リーナの衣装と宝飾へ変わっていた。
署名した女だけが、何一つ受け取っていない。
ヴァンフリートは和解書の上へ指を置いた。
「夜会で破談を言い渡されたのは、この日だな」
「はい」
「エーリヒは、いつお前の浪費を知ったと言っていた」
「すべての支出を確かめ、もう見過ごせなくなったと。夜会の少し前だと申していました」
「曖昧だな」
「日付までは聞いておりません」
「その方がいい。後で本人に決めてもらう」
和解書には、すでにアエミリアが浪費を認め、婚約を解消し、持参金の一部をハルデンブルク家へ残すと書かれている。
その作成日は、夜会より一週間早かった。
「日付の書き違いではありませんか」
「その逃げ道は俺も好きだ。紙が間違えたことにすりゃ、人間はいつでも正しい」
ヴァンフリートは和解書を折り、立ち上がった。
「だから、書いた奴に聞く」
代書人ヘニングの仕事場には、夕方になっても灯がついていた。
ヘニングは和解書を見ると、棚から業務控えを取り出した。
依頼を受けた日と書き上げた日を確かめ、同じ日を指した。
和解書の日付に誤りはなかった。
「依頼したのは誰だ」
ヴァンフリートが聞いた。
「エーリヒ・フォン・ハルデンブルク様ご本人です」
「内容は、あいつが持ってきた?」
「はい。私はご希望に沿って文面を整えただけです。事実かどうかまでは存じません」
「それでいい」
ヴァンフリートは控えを閉じた。
「お前が証明するのは、誰が、いつ、何を書かせたかだけだ。依頼人の頭の中まで代書してやる義理はない」
ヘニングは安堵したように息をついた。
仕事場を出る頃には、街灯がともり始めていた。
淡い灯の下で、アエミリアはようやく、夜会の前から敷かれていた道を見た。
エーリヒは彼女の金を自分の家へ移した。
それだけでは、婚約を破棄した後に返還を求められる。
だから金を使った女を、金を奪われた女ではなく、浪費した女にしておく必要があった。
署名を見せれば、周囲は金の行き先まで聞かない。
深紅の衣装をリーナに着せれば、アエミリアは怒る。
怒った言葉だけを残せば、嫉妬深い女になる。
そして破談の後には、持参金の一部を残し、二度と争わないと認めさせる。
その結末は、夜会より一週間前から紙になっていた。
ヴァンフリートは古びた机へ戻ると、和解書を一番下へ置いた。
「お前を浪費家にしたかった理由は分かった」
アエミリアは、机の上の紙を見た。
「では、勝てるのですか」
「まだだ」
ヴァンフリートはインク壺の蓋を閉めた。
「書類が喋っても面白くない。本人に同じ話をしてもらう」




