第11話
屋敷を出ると、すでに日は落ちかけていた。
アエミリアは門を抜けるまで何も言わなかった。
馬車へ乗る前に、ヴァンフリートが条件書を差し出した。アエミリアは受け取り、外套の内側へ収めた。
「オットフリート様のお話を、信じておられますか」
「いいや」
「お父様とコンラート様は」
「信じてない」
「では、どちらが正しいのでしょう」
「どちらかが正しいと決める必要があるのか」
「双方が、都合のよい部分だけを話している可能性もございます」
「ようやく性格が悪くなってきたな」
「先生ほどではございません」
「安心した。まだ席は譲らない」
アエミリアは、閉じられた屋敷の門を見た。
「分かったことは、ギュンターという方に婚約申請があったこと。その手続に、お父様とコンラート様の名が関わっていること。そして申請は取り下げられたことだけですね」
「全部、口から出た話だ」
「記録による確認は、まだです」
「そうだ」
「登録簿を御覧になるのですか」
「いずれな」
「すぐには?」
「オットフリートに見ろと言われ、兄上に見るなと言われた。今行けば、どっちかの言葉に引かれて読むことになる」
「では、どうなさるのです」
「先に、妹の婚約を止める時間が要る」
アエミリアはヴァンフリートを見た。
「止めると決められたのですか」
「調べ終わるまでだ」
「リーゼロッテ様は、婚約を破棄すると決めておられません」
「だから、破棄はしない」
「先生は、御自身が前へ立たれるおつもりですね」
「他に誰がいる」
アエミリアは、すぐには答えなかった。
門の向こうには父と兄がいる。
その二人の責任が、これから調べる対象になるかもしれない。
ヴァンフリートもまた、リーゼロッテの兄である。
家族全員が妹を守ろうとしていた。
そして誰も、彼女とは同じ場所に立っていなかった。
「先生」
「何だ」
「そのお話は、リーゼロッテ様の前でなさってください」
「分かってる」
「お一人で決めずに」
「しつこいな」
「御家族ですから」
ヴァンフリートは馬車へ乗り込んだ。
「その言葉、嫌いになりそうだ」
「今までお好きだったのですか」
「お前も言うようになったな」
御者が手綱を鳴らした。
馬車が動き出すと、ローエンハイム家の門は少しずつ遠ざかった。
十二年前に何があったのかは、まだ分からない。
誰の婚約だったのかも、なぜ取り下げられたのかも、父と兄が何をしたのかも、何一つ記録で確かめてはいない。
ただ一つ、現在の婚約が、妹とルートヴィヒだけのものではないことは分かった。
過去を知らないリーゼロッテが、その過去を閉じるために署名している。
ヴァンフリートは窓の外を見た。
「まず、妹に選ばせる時間を作る」
アエミリアは答えなかった。
その言葉の中に、兄が妹の代わりに選ぼうとする響きが、まだ残っていた。




