第6話
セシーリエとシグルーンが去った後、ベアトリクスは一人、机の前に残った。
「わたくしは、あの方を許さなくてはならないのですか」
「好きにしろ」
ヴァンフリートは答えた。
「許しは法院の仕事じゃない。だが、証明できない罪を付けたままにするなら、オスカーと同じことをやることになる」
ベアトリクスは日除けの外を見た。
雨上がりの通りには人が増え、明るい服の裾が行き交っていた。春の名残を洗い流した水が、石畳の窪みにだけ細く残っている。
「あの方は、何も悪くないのですか」
「確認せず信じた。お前もやったことだ。それ以上の罪が欲しいなら、証拠を持ってこい」
「ありません」
「なら、今はそこまでだ」
ベアトリクスは目を閉じた。
「分かりました」
略奪者という言葉を撤回したわけではない。
ただ、それを口にしなかった。
彼女が去ると、アエミリアは机の上へ三枚の紙を残した。破談の手紙、後発の婚約届、そして封筒である。
ヴァンフリートは便箋を伏せた。
「何を見てる」
「オスカー様は、八日の日付がある手紙をセシーリエ様へ見せました。けれど、その手紙がベアトリクス様へ届く前に、婚約届を出しています」
「それで?」
「セシーリエ様には、もう終わったと説明した。法院には、先の婚約はないと申告した。ベアトリクス様には、届いてもいない手紙の日付で、先に終わっていたことにしようとしている」
「やっと三人目が見えたな」
「三人目?」
「二人の婚約者と、法院だ。オスカーは相手ごとに、違う話をしてる」
アエミリアは三枚の紙を、日付の順ではなく、届いた順に置き直した。
書かれた日だけを見れば、破談は先にある。
けれど人のもとへ届いた順に戻せば、婚約届の方が先だった。
「法院で、これを?」
「いや」
ヴァンフリートは封筒を裏返した。
「先に本人へ喋らせる。人間は紙より、自分の嘘を信用してる。好きなだけ喋ると、親切に逃げ道まで塞いでくれる」
向かいの法院では、午後の鐘が鳴った。
春と夏の間に取り残されたような風が、三枚の紙の端を同時に持ち上げた。




