第3話
雨の上がった王都には、春より明るく、夏よりまだ頼りない日が差していた。
礼拝堂の庭では、菩提樹の蕾が濡れた枝先に膨らみ、その下を通ると、葉に残った雫が遅れて肩へ落ちた。アエミリアは外套の水滴を払い、古い扉の内へ入った。
礼拝堂守は、奥から大きな帳面を抱えてきた。革の表紙は角が丸くなり、開くたびに乾いた紙の匂いがした。
「この日です」
老人の指が、秋の一日に置かれた。
そこにはベアトリクスとオスカーの名が並んでいた。二人の婚礼に備え、午後の礼拝堂を空けておくよう、両家から頼まれたと記されている。
「頼みに来たのは、どなたですか」
「ヴァイスフェルト家の家令と、ブラウリート家の女主人でした。若いお二人も、後から見にいらっしゃいましたよ」
「オスカー様も?」
「ええ。あちらの窓から光が入る時刻がよいと、花婿殿が仰ったので覚えております」
老人は色硝子の窓を見上げた。雲の切れ間から射した光が、床へ淡い青を落としていた。
「まだ婚約ではなかった、というようなお話は?」
「婚約もしていない男女のために礼拝堂を一日空けていたら、秋には祈る場所がなくなります」
穏やかな声だった。
アエミリアは帳面の該当箇所を書き写した。これだけで婚約が成立するわけではない。だが、両家があの証書を単なる話合いの記念品として扱っていなかったことは分かる。
礼拝堂を出ると、日差しは先ほどより強くなっていた。雨に洗われた石段は白く光り、庭の土からは、草の青い匂いが立っていた。
「それで、その帳面は何を証明する」
法院通りへ戻ったアエミリアに、ヴァンフリートは尋ねた。
彼は日除け代わりの布を机の上へ張ろうとして、紐の片方を妙なところへ結びつけていた。布は斜めに垂れ、日を遮るより、風に煽られて人の顔を叩く役に立ちそうだった。
アエミリアは黙って紐を解き、結び直した。
「両家が、二人の婚礼を予定していたことです。オスカー本人も礼拝堂を見に来ています」
「婚約そのものは?」
「証書と、立会人の確認が必要です」
「セシーリエが知ってたことは?」
「証明しません」
ヴァンフリートは布の下へ座った。
「やっと紙が言ってないことを、勝手に喋らせなくなったな」
「褒めてくださっているのですか」
「どうしてそうなる。前より間違いが減ったと言っただけだ」
机の上には、婚約証書のほかに二通の確認書が置かれていた。
証書へ名を連ねた立会人は、別々に話を聞かれても、ほぼ同じ午後を語った。両家が条件を確かめ、ベアトリクスとオスカーが互いに婚約の意思を述べ、その後に祝いの杯を取った。届けをいつ出すかについては、オスカーが少し待ってほしいと申し出ている。
ブラウリート家だけの思い込みではなかった。
ヴァイスフェルト家から親族へ出された知らせにも、ベアトリクスをオスカーの将来の妻として迎えると書かれていた。
アエミリアが最後の紙を揃えた時、ヴァンフリートは通りの向こうを見た。
「ようやく本人のお出ましだ」




