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第4話

 ハルデンブルク家から返事が来たのは、その翌日だった。


 和解を検討するための確認ならば、帳簿を見せてもよいという。

 文面には、支出がすべてアエミリアの承認に基づくことを、改めて理解するよう添えられていた。


「ほらな」


 ヴァンフリートは返書を一度読んだだけで、アエミリアへ渡した。


「自分から首を出してきた」


 伯爵邸の帳場は、夜会の広間とは反対側の棟にあった。


 細い窓から差す光の中に紙の匂いが沈み、壁際には古い帳面が並んでいる。

 案内した家人は、分厚い一冊を机へ置くと、帳簿の内容に不正はないと先に断った。


「すべてゾンダーブルク令嬢の署名を受けた支出でございます」


「それは昨日聞いた」


 ヴァンフリートは腰を下ろし、帳簿を開いた。


「今日は、金がどこへ行ったかを見に来た。署名を眺めて満足する趣味はない」


 帳面には、支払書より細かな行き先が残っていた。


 はじめに見つかった大口の支払いは、婚礼衣装でも家財でもなかった。

 ハルデンブルク家が以前から抱えていた債務の返済である。

 婚礼が決まるより前から残っていたもので、アエミリアが作った借金ではない。


「これは家計を整えるためのものでございます」


 家人が言った。


「婚姻後の暮らしに関わりますので」


「借金が減ったのは誰の家だ」


「ハルデンブルク家でございます」


「じゃあ、お前の説明より帳簿の方が頭がいい。聞かれたことに答えてる」


 ヴァンフリートは頁をめくった。


 その先には、屋敷の修繕へ払われた金があった。

 壁を塗った職人、床を張り替えた工房、天井の装飾を直した者へ、アエミリアの持参金から支払いが続いている。


 紙の上の文字を追ううち、アエミリアの目には夜会の広間が戻ってきた。


 白く塗り直された壁も、光を映していた床も、自分が婚礼のために出した金で直されていた。


 あの夜、客たちは美しくなった屋敷を褒め、その屋敷の中で彼女の浪費を囁いていた。


「わたしは、あの壁を見て喜んでいました」


「壁は何も悪くない。金を出した女を追い出しても、黙って立ってる。屋敷ってのは忠実だな。持ち主にだけだが」


 ヴァンフリートの指が、さらに下の記載で止まった。


 衣装代だった。


 支払書では婚礼衣装としか書かれていなかった金が、帳簿では一軒の仕立屋へ渡っている。

 その受取人の欄には、リーナ・フォン・メルフェルトの名があった。


 別の頁には宝飾商への支払いがあり、そこにもリーナの名が記されていた。


 アエミリアは、夜会で彼女の胸元にあった光を思い出した。


「衣装だけではなかったのですね」


「らしいな。お前の結婚は、ずいぶん気前よく他人を着飾らせる」


 家人が口を挟んだ。


「エーリヒ様からは、婚礼に伴う贈答であると伺っております」


「誰の婚礼だ」


 家人は答えなかった。


 ヴァンフリートは帳簿を閉じた。


 借金が減った家も、修繕された屋敷も、衣装と宝飾を受け取った女も分かった。

 婚約を失ったあと、アエミリアの手元に残ったものだけがなかった。


 帳場を出ると、雨は上がっていた。


 濡れた中庭の石に、修繕された屋敷が逆さに映っている。

 窓の縁まで塗り直された建物は、昨日よりも白く見えた。


「わたしが確かめなかったからです」


 アエミリアが言った。


「そうだな」


 ヴァンフリートは否定しなかった。


「ですが――」


「お前の不注意があれば、相手のしたことが消えるのか?」


 彼は水溜まりを避けもせず歩いた。


「扉に鍵をかけ忘れた奴は馬鹿だ。だから入った泥棒が家主になるわけじゃない」

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