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第3話

 翌朝、法院通りには薄い雨が降っていた。


 ヴァンフリートの机には屋根がない。

 雨粒は木目に沿って黒い筋を作り、端へ集まって落ちていたが、本人は気にする様子もなく、アエミリアの支払書を外套の下へ半分だけ隠して読んでいた。


「中へ移らないのですか」


「俺の中ってどこだ。机の引出しか」


 アエミリアは傘を差したまま、昨日と同じ低い腰掛けに座った。

 傘の端から落ちた雫が、膝の上で重ねた手を濡らした。


 ヴァンフリートは支払書を一枚ずつ持ち上げ、署名を光へ透かした。紙が雨空を受け、鈍く白んだ。


「全部、お前の字だな」


「はい」


「一枚くらい偽物が混じってりゃ、話は楽だったんだが」


「残念そうにおっしゃらないでください」


「楽な仕事を惜しんでるだけだ。お前の不幸に興味はない」


 そう言いながら、彼は署名のそばに小さな印をつけた。


 婚礼衣装、新居の整備、婚礼に伴う家財。どの紙にも用途は書かれている。

 だが、その言葉は大きな袋のようなもので、何を入れても外からは同じ形に見えた。


「この新居というのは、どこだ」


「ハルデンブルク伯爵邸です。婚姻後、わたしも暮らす予定でした」


「お前の名義になる予定は?」


「ありません」


「修繕した分だけ、お前の持分が増える約束は」


「そのような話はしておりません」


「つまり他人の屋敷を、お前の金で綺麗にした」


「結婚するつもりでしたから」


「結婚するつもりなら、相手の借金も庭の雑草も愛せるらしい。便利な病気だな」


 アエミリアは口を結んだ。


 ヴァンフリートは支払書を机へ戻した。


「勘違いするな。お前は金を出すことに署名した。大金だと知っていた。細かい支払先を確かめなかった。それは消えない」


「分かっています」


「分かってる顔じゃない。叱られてる顔だ」


「似たようなものではありませんか」


「全然違う。叱られたい奴は、叱った人間に罪まで決めてもらう。分かってる奴は、自分の責任だけ持って帰る」


 雨が強くなった。ヴァンフリートは紙をまとめ、外套の内側へ押し込んだ。


「お前は金を使うことに署名した。誰に使うかまで署名したわけじゃない」


「それを調べられるのですか」


「金を使ったと言い張るなら、使った先はある。川へ捨てたんでもなけりゃ、帳簿に名前が残る」


「見せてもらえるでしょうか」


「見せるさ」


 ヴァンフリートは机の隅に置かれた紙へ、短い文を書いた。


「向こうは、お前の署名さえあれば何を見せても勝てると思ってる。鍵を持ってる泥棒は、自分を家主だと思い始めるもんだ」

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