第7話
死者の手紙が語れるのは、死んだ日までだった。
金は、その翌日からも動く。
フェリクスの資金を預かっていた商会は、王都の河岸近くにあった。表には荷車が並び、奥の勘定場では、硬貨を数える音が絶えず小雨のように続いていた。
支配人は、偽造された受領書と聞いても、帳面を出そうとはしなかった。
「フェリクス様ご本人の委任がなければ、残高も取引先もお答えできません」
「残高は聞いてない」
ヴァンフリートは受領書を机へ置いた。
「この男が全額受け取ったと、お前の商会も扱った。だが本人はその日、王都にいなかった。偽物を信用して金を動かしたなら、黙って困るのは俺じゃない。お前だ」
「当商会が偽造へ関わったとおっしゃるのですか」
「耳まで帳簿でできてるのか。関わったかどうかを調べろと言ってる。死んだ女の後にも金を出したか。出したなら、誰の署名で出したか。それだけだ」
支配人は受領書と、遠方の学校から届いた回答を見比べた。
やがて奥へ入り、しばらく戻らなかった。
その間、アエミリアは壁際に並ぶ鉄箱を眺めていた。どの箱にも名はなく、番号だけが白く塗られている。この中では、誰かの罪も、誰かの将来も、同じ形の錠で閉じられているらしかった。
戻ってきた支配人の顔からは、先ほどまでの不快そうな色が消えていた。
「受領書が提出された後も、一部の金は残っていました」
「全額受け取ったはずなのに?」
アエミリアが尋ねた。
「コーデリア様が、ご自分の財産を売った代金を戻しておられます。しかしフェリクス様へ実際に渡した記録はありません。受領書によって、彼への支払い義務だけが終わった形にされ、戻された金は一時的に家の預りとして置かれていました」
「なるほど」
ヴァンフリートが言った。
「金は戻した。持ち主の名だけ消した。鍵を二重にしたつもりで、扉を外したわけだ」
コーデリアが生きている間、その金を動かす指示には彼女の確認も付いていた。
最後の確認は、死の少し前だった。
その後に、もう一度だけ出金がある。
「指示を出したのは誰です」
アエミリアが聞いた。
「ゲオルク子爵です」
「日付は?」
支配人が答えると、アエミリアは手帳を開いた。
コーデリアの死亡日は、その前にあった。
間違えようのない順序だった。
「支払先を言う必要はない」
ヴァンフリートは支配人へ言った。
「商会の印がある支払控えだけ見せろ。相手はこっちで探す」
控えに押された印を見て、二人は同時に気づいた。
前に訪ねた貸金屋のものだった。
同じ戸を再び開けると、主人はヴァンフリートの顔を見ただけで溜息をついた。
「今度は何です」
「お前の店は同じ家から二度も客を紹介してくれる。礼を言いに来た」
支払控えを置く。
「これは何の清算だ」
主人は日付を見てから、奥の棚へ目をやった。
「前にもお話ししました」
「前の娘はもう死んでる。この紙はその後だ。死人へ新しい賭け金を貸すほど、お前も慈善家じゃないだろ」
主人は観念したように帳面を出した。
ゲオルクは、コーデリアの死後も賭場へ通っていた。
娘が帳簿を見ていた頃より、賭け方は荒くなっている。一度の負けを取り返そうとして、次にはさらに大きく張った。支払いを待たせた末、商会から動かした金で掛け勘定を清算している。
「娘が死んで三日と立たずに博打三昧か。ずいぶんと子煩悩な親父だな」
控えにあるゲオルクの署名は、資金の出金を命じたものと一致した。
アエミリアは二枚の紙を、日付が見えるように並べた。
「こちらで金を出し、その翌日に賭博の負債が消えています」
「家の急場が、ずいぶん派手な卓を囲んでるな」
「コーデリア様は、もう亡くなっています」
「そこが一番いい。死んだ娘へ責任を押しつけるには、少し日付が遅すぎた」
商会の支配人は、偽の受領書と実際の送金が食い違う以上、フェリクス本人の意思を確かめるまで、残った金を動かさないと決めた。
ヴァンフリートはそれを命じなかった。
商会が自分の責任で帳面を閉じただけだった。




