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第6話

 法院通りへ戻り、二枚目を開いた。


 賭博へ消えたと知った後も、コーデリアは父を公にしなかった。


 当主の賭博が明るみに出れば、家の信用が失われる。領地も使用人も、無関係な者まで巻き込まれる。父も今度こそ悔いている。足りない分は自分が戻せばよい。


 そう考えた。


 彼女は自分の残った宝飾を売った。それだけでは足りず、家に属する品や財産の一部まで、父へ知らせず処分した。


 さらに、フェリクスが資金を全額受け取り、今後何も請求しないとする受領書を作った。


 署名したのは、フェリクスではない。


 ――わたくしが、弟の名を書きました。


 アエミリアの指が、便箋の端で止まった。


「金を守るために、受領したことにしたそうです」


「守った?」


「残った分を父親や債権者から切り離すつもりだった、と」


「穴を隠すため床板を剥がして、これで家は直ったと言ったわけだ。父親によく似てきたな」


 コーデリアの説明を、そのまま結論にはできなかった。


 宝飾を買い取った商人の帳面には、彼女の名が残っていた。売却は一度ではなく、ゲオルクの債務が膨らんだ時期に繰り返されている。


 家の品を扱った取引には、当主の確認がなかった。コーデリアは跡取り娘として家政へ深く関わっていたが、家の財産を単独で処分できる立場ではない。それでも買い手は、いずれ当主になる娘の署名を信用した。


「父親の借金を戻すために、今度は自分が家のものを勝手に売った」


 アエミリアは取引の控えを伏せた。


「善意は動機になる」


 ヴァンフリートが言った。


「だが免罪符にはならん」


 受領書については、フェリクス本人へ尋ねる前にも確かめられることがあった。


 資金設定の書面には、彼の教育費を送っていた遠方の学校が記されている。ヴァンフリートは受領書の日付だけを示し、その日にフェリクスがどこにいたか、署名の照合に使える記録が残っているかを問い合わせた。


 返事が届くまで、数日を要した。


 学校には、フェリクスが授業料を受け取った際の署名と、日々の在校記録が残っていた。問題の受領書が王都で作られたとされる頃も、彼は遠方の寄宿舎にいる。前の日にも、当日にも、その翌日にも授業へ出ていた。


 早馬を使っても、王都と学校を一夜では往復できない。


 二つの署名も似ていなかった。


 受領書の方は、フェリクスの字を知る者が形だけを慎重になぞっている。慎重すぎるために、普段なら流れる箇所まで一画ずつ止まっていた。


「フェリクスが書いたものではありません」


 アエミリアが言った。


「そこまでは固まった」


「コーデリア様が偽造したことも?」


「本人はそう書いてる。受領書を文書庫へ持ち込んだのもコーデリアだ。だが、俺たちはこいつが実際に筆を持つところを見てない」


「では、断定しないのですか」


「本人の告白、提出した記録、フェリクスが王都にいなかった事実が揃ってる。法院で争えば、コーデリアが作ったと認められるだろうな。ただ、証拠が強いことと、見てもいないものを見た顔で喋ることは別だ」


 ヴァンフリートは偽の受領書を戻した。


「少なくともこいつは、弟が書いていないと知りながら、書いたことにした。責任を分けるにはそれで足りる」


 最後の便箋には、金のことより、フェリクスのことが書かれていた。


 事情を知らせれば、彼は家へ戻ろうとするかもしれない。父を告発し、家を壊すかもしれない。あるいは、母たちの過去を知って傷つくかもしれない。


 だから何も知らせず、遠方に置く方がよいとコーデリアは決めた。


 資金だけ戻しておけば、弟は真実を知らずに暮らせる。


 ――わたくしは、あの子を守るつもりでした。


 その次の一行は、何度も書き直した跡があった。


 ――けれど、一度も、あの子に尋ねませんでした。


 受け取るか。


 家へ戻るか。


 父を追及するか。


 母アマーリエのことを知りたいか。


 コーデリアは、そのどれもフェリクスに選ばせなかった。


 母エレオノーレが、裏切られた怒りからアマーリエの暮らしを一人で決め、後にそれを悔いたことを知りながら、自分も同じように弟の人生を処理していた。


 手紙の終わり近くで、字はさらに崩れていた。


 ――父を告発することもできました。フェリクスへ話すこともできました。生きて、したことの責任を負うこともできました。


 ――わたくしは、そのいずれも選びませんでした。


 アエミリアは、続きを声に出さなかった。


 机の上に、夜の冷気が少しずつ降りてきた。通りの店は戸を閉め始め、向かいの軒から漏れていた明かりも消えた。


「自分の罪を、隠そうとはしなかったのですね」


「隠したまま死ぬのをやめただけだ」


 ヴァンフリートは便箋を取り上げた。


「告白して、生きて責任を取る代わりに、死んで他人へ調査させた。ずいぶん割のいい清算だな」


「追い詰められていたのだと思います」


「そうだろうな。父親の後始末を何年も続け、自分まで同じ金へ手を出した。壊れる理由なら充分ある」


 彼は乱れた末尾へ目を落とした。


「理由が充分あることと、それが正解だったことは別だ。こいつ自身が、ほかの道を三つも書いてる」


 アエミリアは何も言わなかった。


「死ぬ前まで他人に宿題を出す。面倒な女だ」


 ヴァンフリートは手紙を畳んだ。


「後始末ばかりしてきた女が、最後に一番大きな後始末を残した」


「それでも、この手紙がなければ分からなかったことがあります」


「ある。だから使う。役に立つ遺書だからって、死んでよかったことにはならん」


 確認できた事実は残った。


 ゲオルクは家の急場だと偽り、フェリクスの資金を賭博債務へ流した。コーデリアは金の意味を知りながら使用を認めた。後から自分の財産だけでなく家の品まで売り、フェリクスが王都にいない日に、受領したことを示す書面を提出した。


 しかし、まだ手紙でしか分からないこともあった。


 コーデリアがフェリクスへ何を知らせ、何を知らせなかったのか。弟が何を望んでいたのか。


 その答えを、死んだ姉の文章から作ることはできない。


「次はフェリクスへ行くのですか」


「まだだ」


「なぜです」


「手紙に書けるのは、こいつが生きてた日までだ」


 ヴァンフリートは第一通の出金記録を引き寄せた。


「娘が穴を塞ぎ、帳簿を見張り、父親の代わりに債権者へ頭を下げていた。じゃあ、その娘がいなくなった後はどうなった」


 彼はゲオルクの名を指先で叩いた。


「娘が死んだあと、このクソ親父は何をしている」

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