第4話
ヘレーネが薬を受け取った店の名を教えた。アマーリエが子を産んだ時に届けを出した場所も、亡くなった後にフェリクスを引き取る手続をした場所も覚えていた。
二人は老女の記憶を、そのまま事実にはしなかった。
出生の記録には、母としてアマーリエの名だけがあり、父の欄は空いていた。屋敷を追われた日から数えれば、彼女が妊娠中だったというヘレーネの話と月が合う。
薬舗の店主は、古い取引の照合だけならと、倉の帳面を開いた。初めのうち薬代は滞っていたが、ある月から支払人が変わっている。エレオノーレの家から送られた金だった。
それは一度では終わらなかった。
アマーリエの死が記された後、フェリクスはリッテンドルフ家へ引き取られた。ゲオルクが自分の子として認め、ほどなくエレオノーレが独立のための財産を分けている。
法院通りへ戻ると、アエミリアはそれぞれの記録から日付だけを抜き出した。
追放の後にフェリクスが生まれ、薬代の支払いが始まり、アマーリエが亡くなった後に認知と資金設定が続いている。ヘレーネの記憶は、紙が残した順序と食い違わなかった。
ヘレーネは別れ際、もう一つだけ話していた。
エレオノーレが亡くなる前夜、コーデリアが病室へ呼ばれたこと。その場で、母から一通の覚書を渡されたこと。翌朝、ヘレーネ自身がコーデリアに付き添い、その覚書をフェリクスの資金書類と一緒に法院へ預けたこと。
日付も覚えていた。
文書庫の保管人へその日を告げると、最初の綴りとは別の棚から、薄い封筒が見つかった。表にはエレオノーレの名があり、預け主の欄にはコーデリアの署名があった。
一通目に添えられた開示状は、フェリクスの資金に関してコーデリアが預けた文書を対象としている。今度は保管人も拒まなかった。
封筒の中には、エレオノーレの覚書と、預け入れの際にコーデリアが書いた短い確認が残っていた。
病床の字は細く震えていた。
アマーリエとは幼い頃から共に育ったこと。夫との子を身ごもったと知り、裏切られた怒りのまま追放したこと。後に困窮と病を知り、許すと告げたけれど、その言葉で奪った年月が戻るわけではなかったこと。
そして、フェリクスへ残す金について、こう記されていた。
――わたくしがアマーリエへしたことを、その子へまで繰り返してはなりません。この家の都合で、あの子の行く先を奪わないでください。
アエミリアは読み終えても、すぐには紙を伏せなかった。
「エレオノーレ様は、フェリクスを跡取りにしようとしたのではありません」
「娘から家を奪って愛人の子へ渡すなら、贖罪じゃなくて新しい嫌がらせだ」
「コーデリア様の家督は残したまま、フェリクスが家を離れても生きられるものを残した」
「遅れて届いた詫びだな。詫びたかった女には、もう届かないが」
覚書に添えられた確認書は、コーデリアの手で書かれていた。
母からアマーリエとの過去を聞いたこと。この金を家の財産と混ぜず、フェリクス本人のために守ること。その二つを記した下へ、彼女は署名していた。
日付は、エレオノーレが亡くなる前夜だった。
アエミリアは第一通に入っていた、資金使用の承認書を取り出した。家の急な支払いのためという理由の下に、ゲオルクとコーデリアの名がある。
二つの署名を並べた。
母の後悔を知り、金を守ると書いた字。
その金を使うことへ同意した字。
どちらも同じ女の手だった。
「コーデリア様は、知っていました」
今度は推測ではなかった。
「なぜこのお金が残されたのか。母親が何を悔いていたのか。それでも父親に使用を認めた」
「そうなるな」
「では、なぜ」
ヴァンフリートは覚書を封筒へ戻した。
「それを死人が二通目に書いたんだろ。ようやく読むところまで来た」
法院通りへ戻る頃には、日は傾いていた。濡れた石畳は夕空を映し、通りを行く人の足もとで、そのたび薄い光を砕いた。
机の隅では、小さな封筒が文鎮の下に残っていた。
ヴァンフリートが文鎮をどける。
「先生」
「何だ」
「この手紙に書かれていることも、確認するのですね」
「当然だ。死人は嘘をつかない、なんてのは、生きてる人間が作った都合のいい迷信だ。死人は訂正しない。それだけだ」
彼は封筒をアエミリアへ渡した。
「開けろ」
封蝋の割れる音は、今度はよく乾いていた。
中には数枚の便箋が入っていた。第一通よりも字が乱れ、行が少しずつ傾いている。
アエミリアは最初の二行を読んだ。
声に出す前に、一度だけ息を止めた。
――父の罪だけで終わらせないでください。
――私の罪も暴いてください。




