第3話
古い住所は役に立たなかった。ヘレーネはリッテンドルフ家を離れた後、二度住まいを変えている。アエミリアは居所の記録を年代順に追い、最後の転居先が王都の北外れに残っているのを見つけた。
低い家々が寄り合う路地には、前日の雨がまだ乾かずにいた。ヘレーネの住む家はその奥にあり、窓辺では冬枯れの草が小さな鉢に伏していた。
扉を開けた老女は、二人の名を聞いても招き入れなかった。
「なぜ、今になってお嬢様のことを」
「今になって、本人が死んだからだ」
ヴァンフリートはコーデリアの開示状を見せた。
「死ぬ前に、こいつがお前の名へ道を残した。喋りたくなければそれでいい。俺たちには人を黙らせる権利も、喋らせる権利もない」
ヘレーネは紙を長く見た。
「フェリクス様のためですか」
「まだ違う。あいつから何も頼まれてない。今は、死んだ女の話がどこまで本当か確かめてる」
老女はようやく扉を開いた。
部屋には小さな炉があり、薪の赤い火が鉄格子の向こうで息をしていた。ヘレーネは椅子へ座ると、膝の上で両手を重ねた。
「何をお聞きになりたいのです」
「お前が見たことだけだ。死んだ人間の気持ちまで代わりに説明するな。死人は訂正しないから、みんな急に名通訳になる」
ヘレーネは少し顔を硬くしたが、やがて頷いた。
アエミリアが聞いた。
「エレオノーレ様とアマーリエは、いつからご一緒だったのですか」
「お二人が子供の頃からです。アマーリエの家は、奥様のご実家へ代々仕えていました。身分は違いましたけれど、姉妹のように育ったそうです」
「リッテンドルフ家へも一緒に?」
「奥様がお嫁入りなさる時、アマーリエもついて参りました。衣装も手紙も、奥様はあの子にしか触らせませんでした」
それほど近かった女が、ある冬の日に屋敷から消えている。
「解雇を命じたのは誰です」
「奥様です」
「その時、アマーリエが身ごもっていることを知っていましたか」
ヘレーネの指が、膝の上でわずかに動いた。
「知っていました。荷物をまとめたのは、わたくしですから」
「父親はゲオルクだった?」
「はい」
「本人から聞いたのか」
「旦那様も否定なさいませんでした。奥様の前で、お二人とも認めました」
ヴァンフリートは暖炉の火へ目を向けた。
「夫と幼馴染が二人で裏切って、罰を受けたのは身重の女一人か。家の秩序ってのは便利だな。身分の低い方だけ外へ捨てれば元どおりに見える」
「アマーリエも、奥様を裏切りました」
ヘレーネが言った。
「そうだ。だから追放された女を無罪にはしない。裏切ったことと、住む場所も仕事も奪ったことを同じ袋へ入れるな。片方が悪ければ、もう片方は何をしても正しいなんて、子供の喧嘩でも通らん」
アエミリアは少し間を置いてから尋ねた。
「その後も、エレオノーレ様とアマーリエは会ったのですか」
「すぐには」
ヘレーネは炎を見た。
「アマーリエが病んでいると知ってから、奥様はわたくしに金と薬を届けさせました。最初はご自分では行かれませんでした。それから一度だけ、馬車を途中で降りて、歩いてあの子の部屋へ行かれました」
「仲直りをしたのですか」
「分かりません」
老女は静かに首を振った。
「奥様は中へ入りました。アマーリエは追い返しませんでした。わたくしが見たのは、そこまでです」
「それでいい」
ヴァンフリートが言った。
「死人同士を綺麗に和解させるのは、牧師と物書きに任せろ。俺たちは扉が開いたところまでで止める」




