第7話
午後、リヒテンハーゲン家の使者が来た。
差し出された封筒には、先日と同じ家紋があった。中の書面は、以前の謝罪書よりも整っていた。
ユリアーネが女主人の権限を侵し、自分を家の管理者と誤って考え、許可なく契約を変更したことを認める。家へ損害を与える危険を生じさせたことを謝罪し、今後は異議を述べない。その署名と引き換えに、婚約は双方の名誉を傷つけない形で解消する。
ヴァンフリートは一度読み、ユリアーネへ渡した。
「静かに終わらせたいそうだ」
「署名すれば、法院へ行かずに済むのですね」
「そう書いてある」
「署名しなければ?」
「法院だ」
ユリアーネは文面を読み返した。
「婚約を解消することには、異存はありません」
「聞いてない。紙に書いてあることを認めるか聞いてる」
「契約を変更したことは認めます」
「許しを取らなかったことも?」
「はい」
「女主人の権限を奪おうとした?」
「そのつもりはありませんでした」
「つもりじゃない。したか」
ユリアーネは書面から顔を上げた。
「いいえ」
「自分を家の管理者だと偽った?」
「いいえ。家令から頼まれた仕事をしていました」
「損害を出した?」
「出しておりません」
「危険は?」
「確認をせず契約を変えました。そのことは、家へ危険を生じさせたと言われても仕方がないと思います」
「じゃあ、どこまで書く」
ヴァンフリートは筆を取り、彼女の前へ置いた。
アエミリアは何も言わなかった。
ユリアーネは筆を見た。これまでなら、穏便な言葉を探しただろう。相手が納得し、自分だけが少し傷つけば済む文章を選んだだろう。
けれど、机には二冊の記録が並んでいた。
一冊には、教えた者の声が残っている。
もう一冊には、働いた自分の声しかない。
「契約を変える前に、確認すべきでした」
ユリアーネは言った。
「それは書いてください」
ヴァンフリートは書いた。
「ほかは?」
「家を奪おうとした、とは書きません」
筆が止まった。
「女主人になったつもりもございません。勝手にあの家へ入り込んだとも、書きません」
「そう書かなきゃ、向こうは和解しない」
「では、和解いたしません」
使者がわずかに顔を上げた。
ユリアーネは彼を見ず、署名欄の空いた書面をヴァンフリートへ返した。
「法院へお願いいたします」
ヴァンフリートは書面を二つに折った。
「分かった」
それだけ言って、使者へ返した。
風が机の上を渡り、二冊の日誌の頁を同時に揺らした。アエミリアは自分の記録を閉じ、ユリアーネもまた、自分の記録を閉じた。
謝罪書の署名欄だけが、最後まで白く残った。




