第5話
金の話をすると、ユリアーネは決まって日誌を閉じた。
その朝もそうだった。
法院通りには柔らかな日が差し、石畳を行く人の影まで春めいていたが、机の上だけは冬の続きを残しているようであった。燃料代の控えと日誌のあいだに、ヴァンフリートが一枚の紙を置くと、ユリアーネの指は表紙の上で固く重なった。
「十一か月分の支払いを求める」
「それはできません」
「早いな。額も聞かずに断るのか。金勘定より罪悪感の方が勤勉らしい」
「お金の問題ではありません」
「金を断る時に人間が一番よく使う台詞だ。たいてい後で金の問題になる」
ユリアーネは紙を見なかった。
「わたくしは、家族になるつもりでお手伝いしました。アードリアン様のお役に立ちたかったのです。それを今になって、働いたのだから支払ってくださいなどと……」
「すると愛情が傷つく?」
「そうではありません」
「じゃあ何が傷つく」
ユリアーネは答えようとして、唇を結んだ。
ヴァンフリートは急かさなかった。自分の手元へ紙を引き戻し、余白へ何かを書き足している。アエミリアは隣で日誌を押さえていたが、ユリアーネの顔を見たまま黙っていた。
「アードリアン様は、何度も感謝してくださいました」
やがてユリアーネは言った。
「母上の留守を守ってくれて助かったと。わたくしが疲れている時には、無理をしなくてもよいと書いてくださいました。あの方が最初から、わたくしを働かせて得をしようとなさったとは思えません」
「俺も言ってない」
「ですが、支払いを求めれば、そういうことになりませんか」
「ならない。お前が働いたことと、あいつが最初からお前を騙したことは別だ。何でも一緒にするな。恋愛は鍋料理じゃない」
「わたくしは、使われたのではありません」
「それを決めるために、アードリアンの心臓を割って中身を調べるつもりはない。感謝した。それは本当だ。止めなかった。それも本当だ。お前が十一か月家を動かした。これも本当だ」
ヴァンフリートは筆を置いた。
「心の中が善良なら、外で起きたことが消えると思うな」
ユリアーネの目が伏せられた。
「支払いは、愛情を売ることのように思えるのです」
「お前が売るのは愛情じゃない。十一か月だ。愛は返してもらえないが、時間には値段を付けられる」
「先生」
アエミリアが低く呼んだ。
「何だ」
「決めるのは、ユリアーネ様です」
「知ってる。だから説明してる」
「説明というより、追い立てているように聞こえます」
「俺が優しく言えば内容が変わるのか?」
「変わりません。ですが、答える速さは変わります」
ヴァンフリートは面白くなさそうに彼女を見た。
「椅子を置いて三日で口まで増えたな」
「耳だけでは足りないと分かりましたので」
彼は鼻を鳴らし、再びユリアーネへ向いた。
「要らないなら取らなくていい。お前の金だ。ただし、愛していたことを証明するために捨てるな。そんな証明を欲しがる男なら、金より先に捨てろ」
ユリアーネは日誌を胸元へ引き寄せた。
「少し、考えさせてください」
「好きなだけ考えろ。考えた後まで、俺のせいにはするな」




