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第51話

「今一度聞く」


 ヴァンフリートは、エスネエーレへ向き直った。


「塔の鍵を開けたのは、お前か」


「はい」


「ジークムントを殺すために?」


「いいえ」


 彼女の声は、朝より低くなっていた。


「十年前の取り決めで、お前は生き延びた」


「はい」


 アエミリアは筆を置いた。


「エスネエーレ様。死なずに済んだことと、その生き方を望んだことは同じですか」


「いいえ」


 返事をしてから、エスネエーレは王を見た。


「わたくしは、まだ、お尋ねしたいことがございます」


 コンスタンティンが頷いた。


「今日、帰る時刻を延ばしていただくにも、王宮へ伺わなければならないと聞きました。わたくしが、ここにいたいと申し上げても、それだけでは足りないのでしょうか」


 王は、卓上の外出許可へ目を落とした。


「これからも、人に会いたいと願うたびに、その方に御迷惑が掛からないか、わたくしが外へ出てよい理由があるか、先にお尋ねしなければならないのでしょうか」


 家令が頭を下げた。


 エスネエーレは、そちらへ首を振った。


「あなたを責めているのではありません」


 それから、王へ目を戻した。


「けれど、もう、そのように暮らしたくはございません」


 コンスタンティンは、椅子の背から身体を離した。


 何かを言いかけ、やめた。指先を重ねていたが、やがてその手もほどいた。


「エスネエーレ」


 彼女が背を伸ばした。


「王妃とローベルの関与について、お前たちが示した証言と記録を、余は否定しない。王宮の内で暗殺が用意され、その企てを知らぬそなたへ、共謀の罪が負わされた。その事実を、余は認める」


 後ろで、官房の役人が息を吸った。


「陛下――」


「余の言葉だ。残しておけ」


 王は立ち上がった。


 その途端、人々がまた身を引いた。話が終わり、国王が去るものと思った者もいた。近衛兵が帰り道を確かめ、従者が馬車の方へ合図しかけた。


 コンスタンティンは、エスネエーレの前へ来た。


 彼女が立とうとすると、静かに留めた。


「座っていてくれ」


 命じる時より、言葉が遅かった。


「王家は、その都合でそなたの暮らしを縛り、そなたの話を後回しにしてきた。その処遇を、レーエンブルク家の家長として、そなたに詫びる」


 エスネエーレは、顔を上げたまま動かなかった。


「そして、改める立場にあった余が、それを続けた。共謀を信じなくなった後も、そなたにだけ疑いを背負わせた。奪った十年について、余自身が詫びねばならぬ」


 コンスタンティンは、頭を下げた。


 深く身を折ったわけではなかった。


 けれど、官房の役人は一歩踏み出しかけたところで止まり、近衛兵も、王の肩越しに目を向けたまま動かなくなった。

 人垣の中では、持っていた帽子を胸へ引き寄せる者がいた。


 エスネエーレの手が、膝の上から少し上がった。


 王を留めるためだったのか、自分が立つためだったのか、アエミリアには分からなかった。その手は、何にも触れずに下りた。


「陛下」


 彼女は言った。


 コンスタンティンが顔を上げた。


「すぐには、お返事ができません」


「分かった」


 王は答えた。


 許すとも、構わないとも、エスネエーレは言わなかった。コンスタンティンも、その言葉を待って彼女の前に立ち続けることはしなかった。


 机へ戻ると、上席裁定官へ顔を向けた。


「王宮は、この者が共謀したという扱いを維持するための証拠を出せぬ。余が処遇を続けた理由は、今述べたとおりだ」


「御本人の申立ては、記録の訂正と、現在の制限の停止です」


 裁定官が答えた。


「その御説明も記録した上で、審理します。照合に必要な原記録の提出を求めます」


「出させる」


 王は官房の役人を呼んだ。


「閲覧を止めたものも含め、法院の求める記録を渡せ。余の名を理由に、留めてはならぬ」


 役人が頭を下げた。


 書記官が用意する紙を、両手で受け取った。朝には、ここから文書を持ち去るために来た男だった。


 ヴァンフリートが、その手を見た。


「今度は、持ってくる方だ。間違えるなよ」

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