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第49話

「その後、あの女をどうすると聞かされた」


 ヴァンフリートが尋ねた。


 ラディスラフは、椅子に座り直した。


「一時、保護すると。王宮の混乱が収まるまで、静かに暮らしてもらうのだと説明された。住まいも、日々の暮らしも保障する。身の安全については、心配しなくてよいと」


「どのくらいだと思った」


「数か月。長くても、一年か二年ほどだろうと」


 アエミリアは、顔を上げた。


「その期限を、お約束になった方がいるのですか」


「いや」


 ラディスラフは彼女を見た。


「私が、そう受け取っただけだ」


 書記官の筆が進んだ。隣で書いていたアエミリアも、数か月という言葉の前へ、本人が考えた期間だと書き添えた。


 ラディスラフは、当初、暮らしの実態を知らなかったという。


 身の回りに不足はない。病もしていない。そうした知らせを受け、時期が来れば会えると思っていた。だが、季節が変わっても、返事は同じだった。


「まだ、差し控えてほしい。そればかりだった。そればかりが、何年も続いた。手紙だけでも渡せないかと申し入れたこともある」


「返事は」


「私との接触が明らかになれば、刑事の問題を蒸し返されるおそれがあると」


 官房の役人が、少し顔を上げた。


「彼女は、私を王にするために鍵を開けたと疑われていた。私が会いに行けば、その疑いを強める。いったん刑事法院へ送られれば、命の保証はできないと説明された」


「会わせない理由を尋ねると、女が死ぬ話になるのか。ずいぶん手間の省ける返事だな」


 ヴァンフリートは言った。


 ラディスラフは笑わなかった。


「怖かった」


 彼の手が、膝の上で重なった。


「王位を断った後、少なくとも彼女は生きていた。その取り決めを、私が壊すことになるかもしれなかった。会いたいというだけで、危険に晒してよいのかと」


「その危険が、何年も変わらず残ってるかは確かめたか」


 返事は、すぐには来なかった。


 法院の門から出てきた職員が、上席裁定官へ外套を差し出した。裁定官は片腕を通しかけ、ラディスラフの方を見たまま、もう一方の袖を探した。


「初めは、尋ねた」


「初めの次は」


「また同じ返事を受けた。私が動かなければ、彼女の安全は保てると」


「そこで、聞くのをやめた?」


 ラディスラフは手をほどいた。


 エスネエーレが、彼を見ていた。


「わたくしが、どう暮らしているかは、お尋ねにならなかったのですか」


 彼は、その声へ顔を向けた。


「無事だとは、聞いていた」


「ええ」


 エスネエーレは頷いた。


「病気は、ほとんどいたしませんでした」


 ラディスラフの口が、わずかに開いた。


 続く言葉はなかった。


 通りの向こうから、焼いたパンの匂いが流れてきた。

 昼の売り物を運ぶ女が、籠を抱えて人垣の後ろを通り、立ち止まっている男に、店へ戻るよう小声で言った。

 男は頷いたが、すぐには動かなかった。


「外へ出られないと、途中から気づいていた」


 ラディスラフは言った。


「ただ会えないのではなく、彼女の暮らしそのものが止められているのではないかと思った。それでも、王宮へ尋ねる以上のことはしなかった」


「なぜだ」


「さらに知れば、何かをしなければならなくなる」


 彼は、そこで一度息をついた。


「何もできなければ、私は、それを知っていて放っておくことになる」


 ヴァンフリートは黙っていた。


 ラディスラフは顔を上げた。


「最初は知らなかった。途中から疑った。最後には知ろうとしなかった」


 アエミリアは、書き終えてから筆を離した。


 エスネエーレの視線は、ラディスラフに留まっていた。膝の布を整えていた手も、今は動いていなかった。


「王位を断られたことは、大きな御決断だったと思います」


 シグルーンが言った。


「ですが、翌年も、その次の年も、エスネエーレ様の暮らしを確かめることは、また別の責任です」


 ラディスラフは、彼女へ向き直った。


「一度、大きなものを捨てたからといって、その後の問いに答えなくてよくなるわけではありません」


「ああ」


「会いに行く危険を恐れたことと、知ろうとしなくなったことも、同じにはできません」


「分かっている」


 彼はエスネエーレへ目を戻した。


「今日、ここで話したことで、十年の返事を済ませたつもりはない」


 エスネエーレは頷かなかった。


 ラディスラフも、頷きを待つようには見つめなかった。机へ向き直り、書記官が読み返す言葉を聞いた。


 王になりたかったこと。条件を拒んだこと。短い保護だと自分で考え、その後、確かめることから退いたこと。


 途中で、彼は一箇所を直してもらった。


 会うことを諦めた、と書かれたところだった。


「諦めたのではない。会いたかった。それでも、動かなかった」


 書記官は、そのとおりに直した。

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