第2話
十一か月という歳月も、閉じた日誌の厚みにすれば親指の先ほどしかなかった。
けれど頁を開けば、春の冷たい雨が夏の湿り気へ移り、やがて秋の風が窓の隙間を探しはじめた。季節は黙って進み、その間にもリヒテンハーゲン家では火が焚かれ、食事が運ばれ、使った金の請求が届いた。
日誌の初め頃、ユリアーネの筆はまだ控えめだった。厨房から出された支出の理由を尋ね、家令の言葉をそのまま書き留めている。
ひと月が過ぎると、書き方が変わった。
不足を誰へ伝えたかではなく、どう補ったかが書かれるようになった。支払いを遅らせれば困る者と、数日待たせても家が止まらない者を見分け、限られた金を先へ回している。盛夏の頃には使用人たちがユリアーネへ直接相談を持ち込み、彼女の返事によって厨房も洗濯場も動いていた。
秋になると、エーベルハルトの名はほとんど出なくなった。
代わりにユリアーネの判断だけが増えていった。
アエミリアは朝から日誌を読み、昼を過ぎてもまだ同じ椅子にいた。ヴァンフリートは途中で何度か外し、戻るたび別の頁を開いたが、長く留まることはなかった。
日誌を前にしたアエミリアは、誰から何を頼まれたかを一つずつ書き抜こうとした。半分ほど進んだところで、ヴァンフリートがその紙を取り上げた。
「写本を作れとは言ってない」
「記録を整理しています」
「整理ってのは減らすことだ。お前のは紙を増やして机を狭くしてるだけだ」
「では、何を探せばよいのですか」
「知らん」
アエミリアは眉を寄せた。
「先生がお分かりにならないのですか」
「俺が先に答えを知ってたら調べる必要がない。お前は昨日、人の答えを勝手に決めて叱られたばかりだろ。懲りるまで一日もかからないのか」
彼は紙を机へ戻した。
「全部拾うな。妙なものだけ拾え」
「妙なもの……」
「教育の記録なんだろ。なら教えてる人間を探せ」
ヴァンフリートはそう言って通りへ出た。
アエミリアは腹立たしげに日誌へ目を戻したが、先ほどまでとは違う読み方をした。
支払いを決めた者はいる。報告を受けた者もいる。鍵を預かり、印を使い、使用人へ指示した者もいる。
けれど、その判断を正した者がいなかった。
間違いを指摘する声もなければ、こうするものだと示す手もない。女主人へ月末の報告はしているが、それは学んだ成果の提出というより、すでに済ませた仕事の報告であった。
昼下がり、ユリアーネが再び机を訪れた。
アエミリアは日誌を閉じずに彼女を迎えた。
「これは、教わった記録ではありません」
ユリアーネは立ったまま、開かれた頁を見た。
「花嫁として必要なことを覚えるために書いたものです」
「ですが、どなたも教えていません」
「実際の家政に触れることも教育のうちだと伺いました」
「どなたからですか」
「ヴィルヘルミナ様からです。最初に」
「最初に、そうおっしゃったのですね」
「はい」
「それから十一か月の間、あなたの判断を直した方は?」
ユリアーネは答えなかった。
ヴァンフリートが戻ってきた。片手に焼き栗の紙包みを持ち、自分だけ一つ食べてから机へ置いた。
「それで?」
アエミリアは彼を見ずに言った。
「教わった記録ではありません」
「じゃあ何だ」
「仕事の報告に見えます」
「働いた記録だな」
ユリアーネの指が日誌の縁へ触れた。
「わたくしは、働いていたつもりではありません」
「日誌はお前のつもりを書いたものじゃない。お前が何をしたか書いたものだ」
「けれど、いずれ家族になる者として――」
「家族になる予定があると、帳簿の数字が教育に変わるのか。便利な婚約だな。結婚前は給金が消えて、破談すりゃ働いた事実まで消える」
「支払いを求めに来たのではありません」
「まだ誰も金の話はしてない。お前は頼んでもいない弁明だけは用意がいい」
ユリアーネは口を閉じた。
ヴァンフリートは最後の栗を取り、空になった紙を丸めた。
「家令に会う」




