第47話
書記官の机が運び出された。
アエミリアは、自分の記録と、署名を得ている聞き取りを渡した。ヨストが証言した者を呼び、書かれた内容を確かめてもらった。
官房の役人は、その筆を見ていた。
次に、人垣で書き留めている者たちを見た。集まりを解けば済むと思っていた時より、目を配る先が増えていた。
シグルーンが、もう一度、彼へ椅子を向けた。
「どうぞ」
「私は、証言に来たのではない」
「では、反論を。先ほどから、あるとおっしゃっているように聞こえます」
役人は座らなかった。
シグルーンは椅子の背へ手を置いたまま待った。
「こちらの陳述を疑うことはできます。ですが、疑う理由も、同じようにお聞かせください」
ヴァンフリートが彼女へ顔を寄せた。
「楽しそうだな」
「あなたにも、まだお尋ねしたいことがあります」
「そりゃ何よりだ」
「ええ。ですから、勝手に終わりになさらないでください」
彼女は、ほんの少し口元を緩めた。
朝から一度も、鞄を持ち直していなかった。
アエミリアは、書記官へ渡す最後の写しを揃えた。
裁定官がその受取枚数を確かめる横で、院務官は、官房の役人へ何か言おうとしていた。だが、書記官が顔を上げると、二人とも言葉を止めた。
書かれる場所で話すことに、慣れていないわけではなかったはずだった。
「王太后陛下がラディスラフ殿下を望まれたとしても、実際にお立ちになったのは、今の陛下です」
官房の役人が言った。
「あなたの話は、そこが繋がっていない」
ヴァンフリートは頷いた。
「その通りだ」
役人の目が、少し動いた。
「だから、まだ聞くことがある」
彼は、元の侍従を見た。
侍従は、帽子を持って立ち上がった。
「王妃は、ラディスラフへ条件を伝えさせたな」
「はい」
「エスネエーレを刑事法院へ送ることに反対しない。王になっても助けない。そういう条件だ」
エスネエーレの手が、膝の布から離れた。
「そのように、お伝えしました」
「返事は」
「私は、伺っておりません」
「受け入れたか、断ったかも?」
「存じません」
ヴァンフリートは、それ以上、同じ問いを重ねなかった。
アエミリアが、王妃宮の書状を開き直した。
後継として望まれた名は、どれにもラディスラフとあった。その名を消して、別の王子の名へ書き換えた紙は、ここにはなかった。
そこを見せてほしいと頼んだ時に、王宮は扉を閉じた。
「母親は、息子を王にしたかった」
ヴァンフリートが言った。
「そのために支持を集め、邪魔になると思った女を殺させようとした。ローベルは、弟の次に来る従兄弟にも支度をさせていた」
官房の役人が何か言いかけた。
ヴァンフリートは、その顔を見た。
「答えを知ってるなら、今言え」
役人は口を閉じた。
風が、法院の門から通りへ抜けた。
書記官が紙の端を押さえた。エスネエーレは、膝から離していた手を、椅子の縁へ置いた。
「なぜ、ラディスラフは王にならなかった?」
問いは、正門へも、人垣へも向けられていた。
誰も答えなかった。
向かいの店の庇から落ちた雫が、石へ当たった。
「それなら、私に聞け」
エスネエーレの手が止まった。
人々が振り向いた。
声のした方では、すぐに道ができなかった。
前にいる者は後ろを見ようとし、後ろにいる者は、目の前の男のために退こうとしていた。
その間で、誰かが大公殿下、と小さく言った。
ラディスラフが、帽子を取った。
脇に立つ従者へ渡し、一人で歩いてきた。官房の役人が姿勢を正したが、彼は、そちらで足を止めなかった。
ヴァンフリートを見た。
ヨストを見た。
その先にある椅子へ目が向くまでに、わずかな間があった。
エスネエーレは立ち上がろうとしていた。
膝の布が滑り、アエミリアが手を添えた。エスネエーレはそれに気づくと、布を受け取り、もう一度座った。
ラディスラフの歩みが遅くなった。
エスネエーレが顔を上げた時、彼は、彼女の手元を見ていた。彼が目を上げると、今度は彼女が、布の端へ視線を落とした。
さきほどまで、遠くの者へも届いていた声が、どこにもなかった。
アエミリアは椅子を一脚引いた。
石の上で、脚が短く鳴った。
二人とも、その音のした方へ顔を向けた。




