↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
187/195

第46話

 マルタが椅子を離れると、ヴァンフリートは、私信の抜き書きをエスネエーレの方へ向けた。


「使者が口にしたのは、これだな」


「はい」


「だから、本物だと思った」


「殿下から頂いた手紙にしか、ない言葉でしたから」


 人垣の前で書いていた男が、筆を浮かせた。


 エスネエーレは、その手元を見てから、ヴァンフリートへ顔を戻した。


「何を頼まれた」


「ラディスラフ殿下が危ないと。古い通路をお使いになれるよう、塔の鍵を開けておくようにと言われました」


「ジークムントを殺す話は?」


「聞いておりません」


「兵士を通すとも?」


「いいえ」


「開けた後、どうした」


「部屋へ戻りました。殿下がおいでになるものと、思っておりましたので」


 その先は、少し間が空いた。


 通りの向こうで、店の男が戸板を壁へ立て直していた。傾いた板が石に擦れ、誰かが手を貸した。二人で持ち上げると、音はすぐにやんだ。


「ラディスラフは来たか」


「いいえ」


 アエミリアは、ラディスラフの回答を出した。


 手紙は自分が書いたものだと認めている。だが、その晩、使者を送ってはいない。鍵を開けるよう、頼んでもいない。


 ヨストが本人へ確かめた経緯を述べると、人々の視線は、回答から私信の抜き書きへ移った。


 同じ言葉が、二枚の紙の間で、違うものになっていた。


「手紙は、本物だった」


 ヴァンフリートが言った。


「だから、使えた。偽の手紙を信じ込ませるより、本物から言葉を一つ盗む方が、よほど手間が省ける」


 彼は、マルタの座っていた椅子を少し退けた。


 その向こうに、エスネエーレがいた。


「兵士には金を払った。王宮側の扉は、修繕ということにして開けさせた。この女には、ラディスラフを助けろと言った」


「しかし、鍵を開けたのは――」


「わたくしです」


 エスネエーレが答えた。


 ヴァンフリートより先だった。


 声を出した男が、彼女を見た。エスネエーレは、膝に置いた布から手を離し、机の上の紙へ目を向けた。


「鍵を開けたことを、なかったことにしていただきたいのではございません」


 彼女は、もう一度、男の方を見た。


「けれど、殺すために開けたとは、残さないでください」


 ヴァンフリートは口を挟まなかった。


 男は隣の者へ顔を向けたが、その者も返事を持っていなかった。やがて二人とも、机の上へ目を落とした。


 アエミリアは、彼女の言葉を書き留めた。


 エスネエーレは、まだ、そこに立つ人々を見ていた。


 門の影が短くなり、朝には濡れていた石の縁が白く乾いてきた。


 ヴァンフリートは、実行犯の記録を、王妃宮の書状と並べた。


「王妃が、死が必要ならそうしろと言った。ローベルが実行の支度をした。兵士が殺した。それを、この女がラディスラフを好いていたという話で片づけるな」


「では、なぜ今の陛下がお立ちになったのです」


 人垣から問われると、彼は、コンスタンティンの政務教育を手配した記録を出した。


 王太子の生前から、ローベルは従兄弟にも仕事を覚えさせ、元老院へ紹介していた。


「弟が言うことを聞かなかった時のために、次を用意していた。俺は、そう考えてる」


「予備の後継者だったというのは、あなたの推測です。それに、教育を受けた陛下御自身が、暗殺を知っていたことにはなりません」


 シグルーンが言った。


「ああ。だから、その後、誰が今の王を呼んだのか、引継ぎの記録を見せろと頼んだ」


 アエミリアは、閲覧を止める通知を置いた。


「そこで、これだ。終わる日も書いてない整理らしい」


 その時、人垣の外で馬の蹄が止まった。


「これ以上、続けることは認められない」


 王宮の衛兵が、人々の間へ入ってきた。その後ろから、官房の役人が現れた。


 役人は机へ来るより先に、石段の上の院務官を見た。


 院務官が下りてきた。互いに名乗る必要のない、短い挨拶だった。


「連絡を受けて参りました」


「こちらでも、対応を協議していたところです」


 ヴァンフリートが椅子の背へ手を掛けた。


「早いな。記録を出せと頼んだ時も、その足で来てくれりゃ助かったんだがな」


「王家に関わる事柄を、無許可で人前へ出していると聞いた」


「ああ。机を置く許しも取ってない。法院ってのはケチだよなあ」


「戯れ言で済むことではない」


「なら、反論しろ。席は作れる」


 彼が指した椅子へ、役人は座らなかった。


 ヨストへ停止を求める封書を渡すと、院務官が、その横から口を開いた。


「皆様、一度お引き取りを。申立ては、官房との調整を経て、改めて」


「いつになる」


「今ここで、日を決めることはできません」


「そこだけは、揃って上手だな」


 役人が書類へ手を伸ばした。


「文書はこちらでお預かりする」


 アエミリアは包みを押さえた。


「どれが何の写しか、まだ御覧になっていません」


「確認は、こちらで行う」


 衛兵が近づくと、見物人が後ろへ下がった。広くなった隙間に、エスネエーレの椅子だけが残された。


 ヴァンフリートが、机と衛兵の間へ入った。


「原本を見せなくなった次は、写しを回収か。整理が進んでるな」


 シグルーンも立った。


「こちらが渡さないと申し上げた場合、どうなさるおつもりですか」


「アイスベルク殿、あなたのお立場を」


「お尋ねしているのは、そちらのお立場です。預かるというのは、拒める御依頼ですか」


 役人が衛兵へ目配せをした。


 その手が机の縁へ掛かった時、背後から声が落ちた。


「離せ」


 正門に、上席裁定官が立っていた。


 外套を着ていなかった。白い袖口を冷たい風へ晒したまま、石段を下りてきた。


「二度、言わせるのか」


 衛兵の指が離れた。


 院務官が、裁定官の前へ出た。


「王宮から停止の要請が参っております。私設の裁判を認めるわけには」


「認めていない」


 裁定官はヴァンフリートを見た。


「机を運び込めば、法院が一つ増えると思ったか」


「建てる金がないんでな」


「お前に裁定をさせる気はない」


 そう言ってから、官房の役人へ向き直った。


「人を連れ出し、文書を取り上げる権限は、何による」


「王家の内事に関わります。陛下の御威光にも――」


「ここが、どこか分かっているな」


 役人は口を閉じた。


「王宮の衛兵を連れてきたからといって、法院へ差し出される書類を持ち去れると思うな」


「まだ受理されていないと伺っております」


 裁定官の目が院務官へ移った。


「その説明をしたのは、誰だ」


「私です。まず官房との協議が必要と」


「受け取る前に、申立てをされる側へ見せるのか」


「従来、王宮に関わる案件は、内々の調整を」


「王宮との連絡を任せている。法院が何を受け取るかまで、向こうへ決めてもらう役目ではない」


 院務官は黙った。


 その後ろにいた職員が、少し位置を変えた。官房の役人との間を空け、裁定官の声が聞こえる方へ寄った。


 裁定官は、エスネエーレへ尋ねた。


「申立ては、あなたの御意思ですか」


「はい。わたくしから、お願いいたしました」


 彼女はヴァンフリートを見ずに答えた。


 ヨストが申立てと委任の書面を渡すと、裁定官は受け取った。


「今日、誰が何を話したかも残しておく。書記官を呼べ」


「それでは、この騒ぎを――」


「騒ぎについても残す。勝手に机を置いたことも、衛兵を連れてきたこともだ」


 職員が門の中へ走った。


 法院の門衛たちは、命じられると、王宮の衛兵を机から離した。剣は抜かれなかった。けれど、誰の命令で誰が動くかは、さっきまでとは違っていた。


「役所にしては、よく働いた。派閥争いも時には役に立つもんだ」


 ヴァンフリートが言うと、裁定官は振り向いた。


「お前への許可は、まだ出していない」


「ああ。だから許可が出るまで待ってやる。黙って待つとは言ってないぞ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。