第39話
コンスタンティンに政務を教えた書記は、元老院の裏口で三人を迎えた。
表の石段には、雪を踏まずに上がれるほど広く砂が撒かれていたが、こちらは軒の下に寄せた雪が解け、戸口の低いところへ水が流れ込んでいた。
男は扉を押さえたまま、そこを跨ぐようにと教えた。階段の途中から、煮た珈琲の匂いが降りてきた。
「陛下、当時の殿下も、こちらからお入りになりました」
書記は、二階へ上がりながら言った。
「議場へお通しする前に、私どもの仕事を御覧いただいておりましたので」
案内された部屋では、窓際の長机に二人の若い書記が座っていた。
片方が読み上げる数字を、もう片方が帳面と照らし合わせている。三人が入っても声は途切れず、年かさの男が、奥を使うと告げると、読み上げていた者だけが顔を上げた。
ヨストは、前日に届いた写しを出した。
「この説明を担当されたのが、あなたですね」
「ええ。陛下は、今でも、この時のことを覚えておいでです」
男は紙を受け取らず、書かれた日付へ指を添えた。
「国の収入と支出について、元老院へどのような報告が上がるのか。それを王宮へお届けするまでに、何を確かめるのか。最初は、その辺りからでした」
「帳面を読めるようにしただけか」
ヴァンフリートが尋ねた。
「数字の読み方だけではございません。足りない金があった時、誰に説明を求めるのか。別の費用を削るのであれば、誰の意見を聞かなければならないか。そうしたことも」
「王のところへ持っていく前の話だな」
「はい。御判断を仰ぐ書面が、どう作られるかを」
男は戸棚から、薄い綴りを取り出した。
教えた内容を報告した控えだった。
日付の下に、その日扱った政務と、コンスタンティンから受けた問いが残っている。
アエミリアが読んでいると、別の費目で賄えばよいのではないかという問いの後に、それでは翌年も同じことをするのかと、書記から尋ね返した旨があった。
「殿下を、お困らせになったのですね」
「お教えするようにと、申しつかっておりましたので」
「偉くなってからは、できなくなる仕事だ」
ヴァンフリートが言った。
書記は彼を見た。
「今でも、お尋ねがあれば御説明します」
「聞かれなくても言えるうちに、言っとけ」
男は返事をせず、次の頁を開いた。
コンスタンティンは、一度で済ませてはいなかった。
説明を受けた後、議場でその件が扱われる日にも来ていた。
書面に書かれなかった異論が出た時には、休憩の間に書記を呼び、なぜ先に分からなかったのかと尋ねている。
「御熱心だったのですね」
アエミリアが言うと、男は少し表情を和らげた。
「王太子殿下のお仕事を、いずれお助けできればと、おっしゃいました」
彼女は、書こうとしていた手を止めた。
紙の日付は、ジークムントがまだ生きていた秋だった。
「誰が、この役目をお前に頼んだ」
ヴァンフリートが尋ねた。
「王宮の官房からです」
「王太子の指示か」
「いいえ。ローベル卿のお取り計らいだと伺っております」
書記は、綴りの後ろに挟んであった通知を抜いた。
王族として政務の実際を学ばせるため、説明役を置くようにとある。末尾には、ローベルの官房で用務を扱っていた者の署名があった。
「王妃宮から、何か言ってきたことは」
「ございません。日程も、報告も、官房へお送りしました」
ヨストが通知を受け取り、裏を確かめた。
報告を届ける先は、一つだった。
窓際では、若い書記が同じ数字を読み直していた。
聞いていた者が指で帳面を押さえ、もう一つ前からと頼んだ。
部屋の奥に置かれた王族の教育の記録も、それと変わらない紙の間に挟まれていた。
「こちらの控えを写させていただけますか」
ヨストが尋ねると、男は頷いた。
「お送りしたものの受取りも、王宮に残っているはずです。普通の人事の綴りではなく、官房の雑用を扱った方へ入れたと、後で聞きました」
アエミリアは、その保管先も書き添えた。
元老院の議員たちへの紹介は、政務の説明とは別に行われていた。
ヨストが問い合わせた家のうち、二軒に、当時の来訪を頼む書状が残っていた。
一方は面会の日取りを確かめるだけの短いもので、もう一方には、コンスタンティンへ国政について話してほしいという頼みが添えられていた。
どちらも、ローベルの官房から届いていた。
後の一通を見せた家の主人は、書状を広げる時、卓の端に置かれた菓子皿を遠ざけた。砂糖の粉が敷布へ落ち、彼は話を始める前に、それを指で払った。
「王族の方に、お話を申し上げる機会など、そう多くはありませんから。父は喜んでおりました」
「殿下を後継に推してほしい、とは言われなかったか」
ヴァンフリートが尋ねた。
「そのようなことは。まだ、ジークムント殿下がおいででした」
「だから聞いてる」
主人は、書状を読み返した。
「ここに書かれている以上のことを、私は存じません。父から聞いたのも、若い殿下がよく話を聞いてお帰りになったということだけです」
「返事は、どこへ出した」
「官房です。王妃宮にも御礼を申し上げるべきかと尋ねたところ、その必要はないと」
別の紙が出された。
面会の取りまとめは官房で行うため、経過もそちらへ知らせればよいという返事だった。
王妃の紹介を受けた時には、父は必ず王妃宮へも礼状を出したのだと、主人は付け加えた。
アエミリアは、二通を続けて写した。
この家が王妃宮から受け取った、ラディスラフを支持するよう求める書状も見せてもらった。
そちらは、ジークムントが殺された後のものだった。先の面会について、触れてはいなかった。
帰り際、主人は包み直した書状を抱えたまま言った。
「今の陛下が、何かを御存じだったと、お考えなのですか」
「この面会で何を聞いたかを、確かめに来た」
ヴァンフリートは答えた。
「お前の父親が話したのは、国の仕事だ。それ以上のことは、まだ聞いてない」
主人の腕から、少し力が抜けた。




