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第30話

 返事が来るまでに、三日掛かった。


 元女官は、エルザと名乗った。


 王都の西寄りにある、古い屋敷の一室へ通された。

 広い部屋だったが、暖められているのは炉の近くばかりだった。

 窓際の長椅子には白い覆いが掛けられ、裾の下にだけ、擦り減った青い布が見えていた。


 エルザは背筋を伸ばして座っていた。


 髪の白さに比べ、声は若かった。三人の名を聞き終えると、ヨストの持つ包みへ視線を落とした。


「前にお渡しになったものは、読みました」


 王太子の指示と、王妃宮からの申し入れの写しを、先に届けてあった。


「王太后陛下の御指図について、確かめたいことがあります」


 ヨストが言った。


「存じております」


 彼女は答えた。


「陛下のお言葉を書き留めたものには、私の字もあります。知らない人間が書いたことには、できません」


 ヴァンフリートは腰を下ろした。


「どこまで知ってる」


 エルザは彼を見た。


「何からお聞きになりますか」


「ジークムントが生きていたら、何が困った」


 彼女の目が、わずかに細くなった。


「殿下が正式に王となられれば、御判断をお変えいただくことが、いっそう難しくなります」


「母親が頼んでもか」


「もう、頼んで済むことは少なくなっておりました」


 エルザは、小卓へ置いた書状を取った。


 王妃が、いくつかの改定を当面留めるよう求めたものだった。王太子の返答も残っていた。母の労苦を認める言葉の後に、予定を変えないという結論が続いている。


「殿下は、陛下が何を恐れておられるか、お分かりではなかったのでしょうか」


 アエミリアが尋ねた。


「お分かりだったと思います」


 エルザは即座に答えた。


「その上で、改めるべきものだとお考えでした」


 彼女は返書を卓へ置いた。


「陛下は、長く人を動かしていらした。御自分の願いを聞く者がいて、御自分のお言葉で救われる者がいる。それが、王宮でのお立場でした」


 炉の火を見たが、手をかざしはしなかった。


「殿下がおいでになれば、その人々は殿下の方を向く。陛下の縁者であっても、殿下から役目をいただく。陛下が何もおっしゃらなくても、商人たちは契約を願い出る」


「自分を通さなくなるのが嫌だった」


 ヴァンフリートが言った。


「その一言で済ませれば、そうでしょう」


 エルザは彼を見た。


「けれど、長い間、自分を通っていたものがなくなる時、人は、自分そのものを追い出されるように感じるのではありませんか」


「感じただけなら、俺も黙ってる」


 ヴァンフリートは、卓上の返書を見た。


「何をした」


 エルザは、しばらく答えなかった。


 廊下の向こうで、湯を運ぶ音がした。女中が扉を叩いたが、彼女は、後にしてほしいと言った。


 足音が遠ざかってから、話を続けた。


「ローベル卿を、お呼びになりました」



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