第29話
元の侍従を再び訪ねた時、窓辺の鉢は、部屋の内側へ移されていた。
前に三人が座った場所へ、同じ椅子が並べられた。銀の杯も小卓にあったが、男は今度、その近くへ書類を置かなかった。
ヨストは、王太子の指示と、それに対する王妃宮の申し入れを見せた。
「これらが出された頃のことを、覚えておられますか」
「覚えております」
男は、文面より先に差出人を見た。
「陛下は、何度も殿下とお話しになろうとしておられました」
「何を戻させたかった」
ヴァンフリートが尋ねた。
「王妃宮のお立場への御配慮です」
「役目と契約の話だな」
男は口を結んだ。
「それだけでは、ございません」
「じゃあ、聞かせろ」
侍従は、膝の上で手を重ね直した。
「陛下に従ってきた者たちが、一人ずつ殿下の御判断を仰ぐようになっていく。陛下からのお言葉を持って参っても、それだけでは何も通らなくなる。そのことを、御懸念でした」
「息子が王になるのに、自分の言葉は通らなくなる」
ヨストが言った。
侍従は頷いた。
「殿下は、母君としての礼を欠かす方ではありませんでした。御機嫌を伺い、お身体を案じるお手紙も差し上げていました」
彼は、そこで一度言葉を切った。
「ですが、陛下が人事や契約のことでお話しになろうとすると、担当の者へお申し出いただきたいと」
アエミリアは、手帳から顔を上げた。
「お母様を大切にすることと、御意向をそのまま政務へ入れることを、分けておられたのですね」
「陛下には、退けられたようにお感じだったのでしょう」
侍従は答えた。
「一度、私の前でおっしゃいました。あの子は、わたくしを母親にしておくつもりなのだと」
ヴァンフリートが目を上げた。
「母親だろ」
「それだけに、という意味でございます」
窓の外で、枝から雫が落ちた。
アエミリアは、部屋の内側へ移された鉢を見た。前には気づかなかった、小さな芽が枝の先にあった。
「ラディスラフ殿下についても、何かおっしゃいましたか」
ヨストが尋ねた。
「このままでは、あの子の周りにも誰も残らないと。兄君へ意見を申し上げたくても、耳を貸す者がいなくなると」
侍従は、王妃宮からの申し入れへ目を落とした。
「陛下には、ご一族とラディスラフ殿下のお立場を、同時に損なわれるものに見えていたのだと思います」
「それは、お前の考えだな」
「はい」
男はすぐに答えた。
「御自身のお言葉は、わたくしの家を王宮から追い出すおつもりなのか、というものでした」
ヨストはその二つを分けて記した。
アエミリアは、机に出された王太子の指示を読んだ。
王妃の親族だから追放するとは、そこには書かれていない。
だが、推薦がなくても選ばれる者と、推薦がなければそこにいられない者とを分ければ、今まで揃っていた顔ぶれは変わる。
誰にでも同じ条件を求めるという言葉が、そのまま全員に同じ意味で届くわけではなかった。
「陛下は、どこまで殿下と争われたのでしょう」
ヨストが尋ねると、侍従はしばらく考えた。
「私が取り次いだもののほかに、私的なお手紙がございました。そちらは、別の者が扱っております」
「誰だ」
「御成婚の前からお側にいた女官です。今は、王太后宮を離れております」
ヴァンフリートは外套へ手を伸ばさず、男を見た。
「会って話せるか」
「尋ねてみます。ただ、話すかどうかは、私には」
「お前に代わりに決めろとは言ってない」
侍従は頷いた。
今度は、三人が帰る前に窓辺へ行き、鉢を少しだけ日の当たる方へ寄せた。




