第28話
調達の契約にも、同じ名が出てきた。
王妃宮の推薦を受けた商人が、長く仕事を請け負っていた。品物が納められ、代金が支払われる。そのこと自体に偽りのない年もあった。
ジークムントが求めたのは、なぜ毎年その商人なのかという説明だった。
王宮で使う布を納める契約では、ほかの店からも見積もりを取るよう指示が出ていた。
古い契約をそのまま続ければ済んだところへ、布の質と長さと値段を並べる仕事が加わった。
書記は、届いた見本を綴りと一緒に残していた。
薄い紙の間から、小さく切られた布が現れた。日に焼けた端は色を失っていたが、折り込まれていたところには、まだ淡い青が残っている。
「こちらが、別の店のものです」
アエミリアは、指で触れてよいか確かめてから、端をつまんだ。
なめらかな布だった。長く採用されていた方より安かったが、見たところ、それほど劣るものには思えなかった。
「替えることになったのですか」
「比較をするようにとの御指示でした。すぐに決まったわけではありません」
男は、別の書状を出した。
従来の商人の窮状を訴え、長年の奉仕に配慮してほしいという願いだった。王妃宮から届いていた。
その後にも、同じ趣旨の申し入れがあった。
「何代も王家へ納めてきた店です。急に仕事を失えば困ると」
「王宮以外には売れなかったのか」
ヴァンフリートが尋ねた。
「そのようなことは」
「なら、売ればいい。王家への忠義が、ほかの客の金を受け取ると傷むのか」
ヨストは、書状の脇に添えられた返答を読んでいた。
「殿下は、今ある契約まで遡って取り消すとは言っていないな。次の契約から、条件を揃えて比べると」
「ええ。けれど、それが前例になると」
書記は言いかけ、口を閉じた。
「ほかの取引も、同じように確かめることになるからですか」
アエミリアが尋ねると、男は頷いた。
ヴァンフリートは、王妃宮からの推薦状を手に取った。
「この一枚がなくても仕事を取れるようになったら、困る人間がいる」
窓の外を、荷を積んだ馬車が通った。
幌の端に溜まった雪が、曲がり角で落ちた。荷を下ろす男たちの声が聞こえたが、部屋にいる書記は顔を上げなかった。
「店の話だけではないのですね」
アエミリアは言った。
ヨストが、推薦状を机の中央へ置いた。
「仕事を世話した者には、頼みに来る者ができる。次の頼みも、同じところへ集まる」
「断られた奴まで、また来る」
ヴァンフリートが続けた。
「ほかへ行っても始まらないと思わせれば、それで済むからな」
アエミリアは、任用の名簿へ目を戻した。
役目を得た親族がいて、その親族を通じて王宮へ品物を納める商人がいた。困った時に相談し、願いがあれば取り次いでもらう。
その人々が頼る先に、アーデルハイトがいた。
ジークムントが改めようとしたのは、帳面の数字だけではなかった。
ローベルの名が現れたのは、支払いの記録をどこで保管するかという箇所だった。
王宮の中で特別に扱ってきたものも、担当する官庁へ記録を引き渡し、必要な照会に応じられるようにする。
その案に対して、ローベルは保留を求めていた。
王家に関わる事情には、通常の手続へ移せないものがある。従来どおり、王宮内務を通じた個別の判断を続けるべきだという。
「こちらも、殿下がお認めにならなかった」
書記が言った。
ヨストは、返答の末尾を読んだ。
例外として残すのであれば、その範囲と理由を示すこと。
それまで特別に扱われていたというだけでは、足りなかった。
「記録を出すかどうか、ローベル一人に頼まずに済むようになる」
ヨストが言った。
ヴァンフリートは、その紙をしばらく見ていた。
書記の部屋には、二つの扉があった。
一つは廊下へ通じ、もう一つは隣の役人の部屋へ続いていた。
どちらも、誰かが用事のために開ければ、人が通った。通ってよい者が誰なのか、そのたびにローベルへ聞きに行くわけではなかった。
「なるほどな」
彼は紙を置いた。
「人に頼まれるのが、よほど好きだったらしい」
「仕事を一度に移せば、混乱もありましたでしょう」
書記が言った。
「その心配も、本当だと思います」
「だろうな。混乱するから直せないと言い続ければ、そのうち、直さないことが仕事になる」
ヨストは書面を返す前に、日付を控えた。
王太子が殺される、少し前だった。
書記は綴りを受け取ると、ほかのものより丁寧に棚へ戻した。
「その後、これはどうなったのですか」
アエミリアが尋ねた。
「殿下がお亡くなりになって、差し当たり従前どおりにと」
「その、差し当たりは」
彼女が続きを言う前に、男は小さく頷いた。
「長く続きました」




