↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
169/195

第28話

 調達の契約にも、同じ名が出てきた。


 王妃宮の推薦を受けた商人が、長く仕事を請け負っていた。品物が納められ、代金が支払われる。そのこと自体に偽りのない年もあった。


 ジークムントが求めたのは、なぜ毎年その商人なのかという説明だった。


 王宮で使う布を納める契約では、ほかの店からも見積もりを取るよう指示が出ていた。

 古い契約をそのまま続ければ済んだところへ、布の質と長さと値段を並べる仕事が加わった。


 書記は、届いた見本を綴りと一緒に残していた。


 薄い紙の間から、小さく切られた布が現れた。日に焼けた端は色を失っていたが、折り込まれていたところには、まだ淡い青が残っている。


「こちらが、別の店のものです」


 アエミリアは、指で触れてよいか確かめてから、端をつまんだ。


 なめらかな布だった。長く採用されていた方より安かったが、見たところ、それほど劣るものには思えなかった。


「替えることになったのですか」


「比較をするようにとの御指示でした。すぐに決まったわけではありません」


 男は、別の書状を出した。


 従来の商人の窮状を訴え、長年の奉仕に配慮してほしいという願いだった。王妃宮から届いていた。


 その後にも、同じ趣旨の申し入れがあった。


「何代も王家へ納めてきた店です。急に仕事を失えば困ると」


「王宮以外には売れなかったのか」


 ヴァンフリートが尋ねた。


「そのようなことは」


「なら、売ればいい。王家への忠義が、ほかの客の金を受け取ると傷むのか」


 ヨストは、書状の脇に添えられた返答を読んでいた。


「殿下は、今ある契約まで遡って取り消すとは言っていないな。次の契約から、条件を揃えて比べると」


「ええ。けれど、それが前例になると」


 書記は言いかけ、口を閉じた。


「ほかの取引も、同じように確かめることになるからですか」


 アエミリアが尋ねると、男は頷いた。


 ヴァンフリートは、王妃宮からの推薦状を手に取った。


「この一枚がなくても仕事を取れるようになったら、困る人間がいる」


 窓の外を、荷を積んだ馬車が通った。


 幌の端に溜まった雪が、曲がり角で落ちた。荷を下ろす男たちの声が聞こえたが、部屋にいる書記は顔を上げなかった。


「店の話だけではないのですね」


 アエミリアは言った。


 ヨストが、推薦状を机の中央へ置いた。


「仕事を世話した者には、頼みに来る者ができる。次の頼みも、同じところへ集まる」


「断られた奴まで、また来る」


 ヴァンフリートが続けた。


「ほかへ行っても始まらないと思わせれば、それで済むからな」


 アエミリアは、任用の名簿へ目を戻した。


 役目を得た親族がいて、その親族を通じて王宮へ品物を納める商人がいた。困った時に相談し、願いがあれば取り次いでもらう。

 その人々が頼る先に、アーデルハイトがいた。


 ジークムントが改めようとしたのは、帳面の数字だけではなかった。


 ローベルの名が現れたのは、支払いの記録をどこで保管するかという箇所だった。


 王宮の中で特別に扱ってきたものも、担当する官庁へ記録を引き渡し、必要な照会に応じられるようにする。


 その案に対して、ローベルは保留を求めていた。


 王家に関わる事情には、通常の手続へ移せないものがある。従来どおり、王宮内務を通じた個別の判断を続けるべきだという。


「こちらも、殿下がお認めにならなかった」


 書記が言った。


 ヨストは、返答の末尾を読んだ。


 例外として残すのであれば、その範囲と理由を示すこと。


 それまで特別に扱われていたというだけでは、足りなかった。


「記録を出すかどうか、ローベル一人に頼まずに済むようになる」


 ヨストが言った。


 ヴァンフリートは、その紙をしばらく見ていた。


 書記の部屋には、二つの扉があった。

 一つは廊下へ通じ、もう一つは隣の役人の部屋へ続いていた。

 どちらも、誰かが用事のために開ければ、人が通った。通ってよい者が誰なのか、そのたびにローベルへ聞きに行くわけではなかった。


「なるほどな」


 彼は紙を置いた。


「人に頼まれるのが、よほど好きだったらしい」


「仕事を一度に移せば、混乱もありましたでしょう」


 書記が言った。


「その心配も、本当だと思います」


「だろうな。混乱するから直せないと言い続ければ、そのうち、直さないことが仕事になる」


 ヨストは書面を返す前に、日付を控えた。


 王太子が殺される、少し前だった。


 書記は綴りを受け取ると、ほかのものより丁寧に棚へ戻した。


「その後、これはどうなったのですか」


 アエミリアが尋ねた。


「殿下がお亡くなりになって、差し当たり従前どおりにと」


「その、差し当たりは」


 彼女が続きを言う前に、男は小さく頷いた。


「長く続きました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。