第27話
王宮で使う品物の買い入れを扱う役所は、荷車の入る裏門に近かった。
窓の向こうでは、男たちが荷台に掛かった雪を払い、濡れた覆いを巻き上げていた。車輪が凍った轍を越えるたびに、硝子がかすかに鳴った。
ヨストが話を聞く約束を取りつけた役人は、奥の机で三人を待っていた。十年前、ジークムントが王宮の人事を改めようとしていた頃にも、ここで働いていた男だった。
「当時の仕事について、お聞かせいただきたい」
ヨストが言うと、男は用意していた帳簿を開いた。アエミリアは隣の椅子へ座り、手袋を外した。
「ここの責任者は、誰だった」
ヴァンフリートが尋ねた。
「蔵司官は、こちらの方です」
男は、支払いを認めた署名を指した。
「商人と話して、何をいくらで買うか決めるのも、その男か」
「品物を調べ、値段の交渉をするのは、私どもの仕事でした」
「蔵司官は何をしていたんだ」
「私共が整えた書類を御覧になり、お認めになるのです」
ヴァンフリートは、帳簿から顔を上げた。
「毎日、ここへ来ていたのか」
「いえ。普段は御領地においででしたので、書類をお送りしておりました」
アエミリアは、紙の上の署名を見た。それから、目の前の役人へ視線を戻した。
「では、仕事のことで困った時には、あなたに尋ねていたのですね」
「ええ。ここには、私がおりましたから」
男はそう答え、次の頁を開いた。
「よくできてる。働く奴と偉い奴を分けたのか。間違って責任まで付いてきたら困るもんな」
アエミリアは、差し出された任用の記録を見た。
蔵司官の父も、その前の代の親族も、同じ役についていた。だが、領地や爵位の相続を示す紙とは違った。王宮の役目を、その都度任じる書面だった。
「王太后陛下、当時の王妃陛下のお口添えがございました」
「ほかの候補は」
「存じません」
男は答えた。
「長く、あのお家がお務めになるものとされていましたので」
ヴァンフリートは、同じ姓の続く箇所へ指を置いた。
「生まれた時から、勤続三代か。俺の履歴も親父に書かせればよかったな」
「お前の父親なら、お前のしたことを書く」
ヨストが言った。
「融通の利かん家だ」
男は笑わず、次の綴りを開いた。
ジークムントが、その任じ方を改めようとした時のものだった。
空いた役目を縁者へ渡すのではなく、実務の経験を確かめ、担当する官庁から候補を出させる。
既に役についている者についても、誰が何を行い、どこに責任を負うのかを明らかにする。
王妃の縁者であることを理由に、候補から外すとは書かれていなかった。
ただ、それだけを理由に、任じることもできなくなる。
「これを受けて、蔵司官は王都へ戻ったか」
「一度、お戻りになりました」
書記は言った。
「王太子殿下から、前年の支払いについてお尋ねがありましたので」
「答えられたのか」
「私が、お側で御説明しました」
アエミリアは、男の顔を見た。
彼は窓へ目を向けたまま続けた。
「殿下は途中で、私に下がるようにとおっしゃいました」
その時の言葉を、男は覚えていた。
この者がいなくても決められることを、あなたの職務として説明してほしい。
蔵司官は、王妃の親族である。その男は、傍らの書記を下げられた途端、何を説明すればよいか分からなくなった。
「大勢の前だったのですか」
アエミリアが尋ねた。
「何人かは、おりました」
書記は、机へ視線を戻した。
「殿下のお尋ねは、正しかったのでしょう。ですが、その後、蔵司官は私を部屋へお呼びになりませんでした」
アエミリアは、筆先を紙から離した。
書記は淡々と綴りを閉じた。自分に何ができたはずかという話には、しなかった。
「蔵司官のお家は、王妃陛下と、どのような御縁なのですか」
ヨストが尋ねた。
男は系図の載った古い名簿を示した。
近い縁者だった。
アエミリアは、その名を写した。役目の名の隣に書くと、さきほどまで別々に見えていた二つの紙が、一つの話になった。




