第22話
クレーフェ家の玄関には、靴から落ちた雪が、黒い水になって溜まっていた。
家令に続いて廊下へ入ると、庭から照り返す明かりが、壁に掛かった古い肖像を下から照らしていた。
額縁の金は薄れ、描かれた男の顔よりも、その肩に置かれた勲章の方がよく見えた。
アエミリアは濡れた裾を持ち上げ、敷物の端を踏まないように歩いた。
通されたのは、いつもの二階の部屋ではなかった。
家令の仕事部屋である。窓の下に低い戸棚があり、引き出された帳簿の間へ、細く切った紙が幾つも挟まっていた。
「事件の後に届いた書状を、古い順に出してございます」
家令は卓上の包みを解いた。
「塔を出られてからのものも、御覧になりますか」
「出る前からだ」
ヴァンフリートが答えた。
「あの女をどうするつもりだったのか。誰が、いつ、何を言ってきた」
家令は、束の上から数通を分けた。
初めの方には、塔への出入りを制限する通知があった。
押収された品の引渡しを求める書面もある。
ヨストは宛先と日付を確かめ、家令が実際に受け取ったものと、後から家に知らされた内容を書いたものを分けていった。
アエミリアが次の封を開こうとした時、家令の手が止まった。
「そちらは、王妃宮からのものです」
封の端に、割れた蝋が残っていた。
紙を広げると、ほかの通知より大きな余白があった。
本文は短かった。クレーフェ家の養女エスネエーレを、王太子殺害に加担した者として刑事法院へ送るよう、王宮へ申し入れたとある。
公爵家にも、その扱いを妨げぬよう求めていた。
「王妃陛下のお名前は、たしかアーデルハイト様でしたね」
アエミリアが顔を上げると、家令は頷いた。
「ジークムント殿下と、ラディスラフ殿下の御母上でございます」
彼女は紙へ目を戻した。
末尾には、王族への凶逆に相応しい処罰を求める旨があり、その前の行で、極刑という言葉が使われていた。
「審理が始まる前ですよね」
「ああ」
ヨストが答えた。
ヴァンフリートは、差出しの日を見た。
王太子が殺された二日後だった。
「結論を書くのが早いな。取り調べは、いつまでに間に合わせるつもりだったんだ」
家令は返事をしなかった。
「これを受け取った時、何を確かめられていた」
「塔の扉を開けられたことと、殿下とのお手紙があったことです。詳しい事情は、まだこちらにも」
「誰の使いだと思ったかという話は」
「お嬢様は、その時から同じことをおっしゃっていました」
ヴァンフリートは、書面を卓へ置いた。
ヨストが次に開いたものは、クレーフェ家の側で書いた返書の控えだった。本人の話を十分に確かめるまで、刑事送致を急がぬよう求めている。
その後にも、同じ趣旨のやり取りがあった。養家で引き取るだけで済ませてはならないという要求に対し、家の側は、まず王宮の管理の下で身柄を置くことを願っていた。
家令は一通ずつ示した。
「最後には、ローベル卿から、送致を保留すると」
ヴァンフリートの手が止まった。
ヨストも、めくりかけた紙を戻した。
家令は二人を見てから、声を低くした。
「その間、お嬢様には、詳しいやり取りをお知らせしないようにと言われておりました」
「誰からだ」
「王宮からも、この家からも」
窓の外で、屋根の雪が崩れた。
庭へ落ちる鈍い音がして、アエミリアはそちらを見た。細かな雪が枝から枝へこぼれ、最後の一握りだけが、低い灌木の上に残った。
ヴァンフリートは、極刑と書かれた紙へ目を戻した。
「自分のことで忙しかったのは、本人以外か」
家令は、解いた紐を指の間に持ったままでいた。
エスネエーレは、その書面を最後まで読んだ。
紙を持つ位置が、いつもより低かった。
冬の日が膝の手前まで差していたが、文字はその光の外にあった。アエミリアが卓を少し寄せようとすると、彼女は首を振った。
「見えております」
そう言ってから、もう一度、初めの行へ戻った。
「王妃陛下が、お求めになったのですね」
「この家へ届いた書状だ。王宮に申し入れたものの方も確かめる」
ヴァンフリートが答えた。
「お嬢様には、罪に問われる恐れがあるとだけ、お伝えしておりました」
家令が言った。
エスネエーレは彼を見上げた。
「恐れがある、ということは伺いました」
その先は言わず、紙を卓へ置いた。
家令は頭を下げた。退出してよいと言われるまで、そのまま待っていた。
扉が閉まると、エスネエーレは書面の端を揃えた。署名も押印もない方の余白へ指を置き、そこを押さえている。
「お恨みになるのは、分かります」
彼女は言った。
「御子息がお亡くなりになったのですもの」
アエミリアは、すぐには返事をしなかった。
「ですけれど……」
エスネエーレは、王妃の名があるところを見た。
「わたくしが、何を聞いて鍵を開けたのか、一度はお尋ねくださるものと思っておりました」
「お前の返事を聞かなくても、書けることになってたらしい」
ヴァンフリートは椅子へ深く座り直した。
「便利な仕事だ。俺も一度やってみたいが、依頼人が余計なことを言うからな」
「余計なことを申しておりますか」
「言ってる。お前が勝手に殺意を持ってくれれば、王宮は十年前に片づけられた」
エスネエーレは、彼の顔を見た。
窓の明かりが頬へ届き、目の下に薄い影を作っていた。
「これも、お持ちになってください」
彼女は書面を押し出した。
「わたくしの持っている写しと、一緒にお調べいただきたいのです」
「何を確かめたい」
「いつから、わたくしが殿下を王にしようとしたことになったのかを」
アエミリアは、手帳へその言葉を書いた。
エスネエーレは書き終わるのを待っていた。紙を取り戻そうとはしなかった。




