第16話
訂正された記録を受け取ったのは、その三日後だった。
ヴァンフリートは法院通りの机で封を切ると、中身を一読し、アエミリアへ差し出した。
「読め」
その日は風が弱かった。机の脚に挟まれた折り紙も動かず、通りを行く人の外套だけが、春の名残のようにわずかに揺れていた。
アエミリアは記録を開いた。
自分の署名は、そこに残っていた。
婚礼準備として大きな支出を承認しながら、実際の受取人を確かめなかったことも書かれている。夜会でリーナの身分を低く扱い、侮辱した言葉も消えてはいない。
だが署名のすぐ後には、その金の行き先が記されていた。
ハルデンブルク家の債務を返したこと、伯爵邸の修繕に使われたこと、リーナの衣装と宝飾へ渡ったこと。その使途を決めたのがエーリヒであり、アエミリア自身は何も受け取っていないことが、日付とともに続いていた。
夜会の言葉も同じだった。
侮辱はあった。
けれど追放も、家族への報復も、身体への危害も告げていない。脅迫者という名だけが、事実の後ろから取り除かれていた。
最後に、婚約破棄の主たる原因はエーリヒ側にあると記されていた。
「綺麗な記録ではありませんね」
アエミリアが言った。
「紙に美人を期待するな。趣味が悪い」
「そうではなくて」
「お前を善良な令嬢に書き換えてないから不満か」
「いいえ」
アエミリアはもう一度、自分の署名を見た。
「ただ、勝ったのなら、もっと何かが消えるものだと思っていました」
「法院は洗濯屋じゃない。お前の過去を真っ白にして返す場所じゃない」
ヴァンフリートは記録の端を指で叩いた。
「事実は残す。責任は分ける。余計な罪名だけ剥がす」
「浪費家でも、脅迫者でもなくなりました」
「最初から違った。法院が新しいお前を作ったわけじゃない。間違った名前を直しただけだ」
アエミリアは紙を閉じなかった。
署名だけを見れば、浪費した女に見えた。
夜会の言葉だけを見れば、身分の低い女を虐げた悪女に見えた。
どちらも本当にあったことである。
それでも、その前に誰が金の行き先を決め、その後で誰が利益を残し、破談をいつ準備したかまで書けば、同じ出来事は別の姿を見せた。
「事実というものは、並べる順番で変わるのですね」
「事実は変わらん。見てる奴が、途中で考えるのをやめるだけだ」
「エーリヒは、それを知っていた」
「人間は最初に聞いた説明を気に入る。後から帳簿を見せても、最初の話に合うところだけ拾う。あいつは金より先に、お前の評判を盗んだ。だから仕事が楽だった」
「楽だったのですか」
「最初から犯人が署名まで用意してた。親切な事件だ」
アエミリアは思わず笑った。
すぐに口元を戻したが、ヴァンフリートは見ていた。
「何がおかしい」
「あなたが、事件を親切とおっしゃるので」
「お前の人生への感想じゃない。証拠の話だ。混ぜるな」
「承知しました」
「その返事も信用ならんな」
アエミリアは訂正された記録を封筒へ戻した。
「これで終わりですか」
「金が戻ればな。ハルデンブルク家が屋敷を手放したくなければ、どこからか工面するだろ」
「エーリヒが広めた話は?」
「訂正文を出させる。読む奴が全員まともになる保証はない。そこまで法院に頼むな」
「分かっています」
「なら終わりだ。帰れ」
ヴァンフリートは別の書類を取り出した。
アエミリアは腰掛けから立った。
数歩進んでから振り返ると、彼はもう次の紙を読んでいた。依頼人が去ることにも、事件が終わったことにも、惜しむ様子はなかった。
古びた机の向こうには、ヴァンフリートの椅子が一脚あるだけだった。




