第11話
「そう、書いてございました」
翌日、エスネエーレは、差し出された写しへ手を置いた。
窓は閉じられていた。外の風が硝子をかすかに鳴らし、暖炉へ入れたばかりの薪から、まだ青い煙が上がっていた。
「迷子の騎士というのは、殿下のことでございます。初めて塔へおいでになった時のことを、いつまでも、おっしゃいましたから」
「その呼び方は、ほかの者も知っていたか」
「人のいるところでは、申しませんでした」
エスネエーレは、少し考えてから続けた。
「殿下は探検とお呼びでしたけれど、わたくしは、道に迷われたのだと思っておりましたので」
その口元が、わずかに緩んだ。
「お茶をもう一杯、というだけのことも、面と向かっては申し上げにくかったのです」
アエミリアは写しの末尾を見た。記録庫で読んだ時よりも、最後の一行が短く感じられた。
「事件の少し前だな」
ヴァンフリートが言った。
「はい」
「原本の字には、ほかの手紙と大きく違うところはなかった。ただ、押収されてから長い。最後の頃に別のものが混じっていないかも確かめる」
「殿下のお書きになったものに、間違いございません」
「もし、この一通が差し込まれた偽物なら、話は早い。恋文と使者をつないだ箇所から崩せる」
エスネエーレの手が止まった。
ヴァンフリートは、次に出そうとしていた紙へ目を落としたままだった。
「その一通だけでしたら、なくしてもよろしいのですね」
彼が顔を上げた。
「まだ偽物だとは言ってない」
「はい。そうなっていれば、お助けいただきやすいと伺いました」
彼女は写しを自分の方へ寄せた。指が、文字のない余白を覆った。
アエミリアは、膝の上で開いていた手帳を閉じた。
「先生。この手紙が本物でも、あの夜の使いまで本物になるわけではありませんよね」
「ああ」
「では、殿下に書いたものか確かめて、本物なら、誰が読めたのかを調べれば……」
言いかけて、エスネエーレを見た。彼女は写しを押さえたまま、こちらを見なかった。
「手紙まで違うものにしなくても、使いを送ったかどうかは、別にお尋ねできます」
ヴァンフリートは、持っていた紙を卓へ置いた。
「そうだな」
少し間を置き、エスネエーレに向き直った。
「俺の都合を助手のやつが先に言った。悪かった」
彼女は、すぐには返事をしなかった。
「わたくしも、あの方のお書きになったものでなければよかったと、考えたことはございます」
指を一つずつ離しながら言った。
「でも、読み返す時には、いつも、殿下の声で読んでおりました」
窓の留め金が、風に小さく鳴った。
ヴァンフリートは、持参した照会の文案を彼女の前へ出した。先に約束したとおり、ラディスラフへ尋ねる内容を見てもらうためだった。
エスネエーレは最後まで読み、自分の名のところへ戻った。
「このようにお尋ねください」
差し返された紙を、ヴァンフリートが受け取った。
ヨストは、書類を収め終えるのを待って口を開いた。
「当時、部屋へ入って手紙に触れられた者を、思い出せる範囲で教えていただけますか」
「読むように頼んだ者は、おりません」
「ええ。片づけたり、机を拭いたりする者のことです」
エスネエーレは本棚へ目を向けた。
「書き物をした後は、自分で片づけておりました。ただ、届いたばかりのお手紙は、卓へ置いたままにすることもございました」
彼女は、その頃の侍女の名を挙げた。毎日上がってきた者と、誰かが休んだ時だけ代わりに来た者とでは、思い出すまでの間が違った。
ヨストは、分からない日付を埋めるようには求めなかった。最後に家令にも話を聞くと、昔の勤めの割り振りと引継ぎは、家に残っているということだった。
アエミリアが椅子を離れた時、エスネエーレが呼び止めた。
「こちらは、お預かりしてもよろしいのでしょうか」
紅茶について書かれた写しを、指していた。
「はい。そちらは、エスネエーレ様にお渡しするためのものです」
彼女は礼を言って紙を取り上げた。折り畳もうとして、一度手を止めた。原本にあった折り目は、写した方にはなかった。
しばらくして、開いたまま本の間へ挟んだ。




