第3話
塔を訪ねた後も、二人は仕事が終わると顔を合わせた。
誰かが話してくれると聞けば会いに行き、断られれば帰った。
書面を見せてほしいと頼んでも、相手に応じる義務はなかった。
ヨストの古いつてをたどっても、昨日まで話していた者が、翌日には忙しいと言うことがあった。
ヴァンフリートは、そのたびに口を開きかけた。ヨストが先に礼を言い、外へ連れ出した。
「命令できると思うな」
「頼んでる」
「相手が断ると思っていない頼み方だ」
王宮で働いたことのある知人から古い平面図を見せてもらえたのは、何軒か空振りをした後だった。
ヨストがその場で写した図を、二人は机へ広げた。塔の地下から続く道をたどったヴァンフリートの指が、王宮の建物へ入るところで止まった。
「もう一枚ある」
王宮側にも、扉があった。
塔側を開けただけでは、侵入路はつながらない。
「こっちは誰が開けた」
ヨストは、聞き集めてきた覚え書きを見直した。
「分からない」
「壊したのか。男が鍵を持っていたのか」
「そこまで聞いた者はいなかった」
「王宮の扉は、女が恋をすると勝手に開くのか」
ヨストは図の一点へ筆先を置いた。
「ここの警備を知る者に、話を聞けないか当たってみる」
ヴァンフリートは頷いた。
机の脇には、塔へ持っていった外套が掛かっていた。乾いた裾に、階段の壁で擦った白い跡が残っていた。
ローベル・フォン・シェーンハウゼンから呼び出しが来たのは、それから間もなくだった。
王宮の内務と記録の扱いを長く取り仕切ってきた男は、二人を暖かな部屋へ迎えた。
廊下には喪の黒布が掛かっていたが、暖炉の火は明るく、茶器を運ぶ者の手つきにも淀みはなかった。
「クレーフェ嬢にお会いになったそうですね」
ローベルは席を勧めてから言った。
「本人と家の許しは得た」
ヨストが答えた。
「存じております。そのほかにも、随分と方々へお尋ねになっている」
「お前のところの扉のことか」
ヴァンフリートが口を挟んだ。
「ええ」
「開いていた理由を教えてくれれば、聞いて回る手間が省けるんだがな」
ローベルは、彼の前へ茶が置かれるのを待った。
「お二人は、この事件の捜査を命じられておられませんね」
「だから、頼みに行ってる」
「法院のお名前を使っておられないことも、承知しております」
ヴァンフリートは眉を寄せた。
「俺達のことを随分調べたな。扉の方も、その調子で頼む」
「クレーフェ嬢の処遇に関わることですので」
ローベルは机から書類を取った。
ヨストの前へ置かれたのは、エスネエーレを暗殺共謀の容疑で刑事法院へ送るための書面だった。
ヴァンフリートは、茶器を脇へ押した。
「何のつもりだ」
「彼女の刑事送致は、今のところ保留されています。しかし、外部から事件の扱いに疑義が出ている以上、王宮内の判断だけで留めてよいのかという話になります」
「私たちが疑っているのは、共謀を認める根拠だ」
ヨストが言った。
「それなら、正式な審理で明らかにするのがよろしいでしょう。お二人の集められたものも、そこでお役に立つかもしれません」
「役に立つものを集めるために、話を聞いてるんだ」
ヴァンフリートが言った。
「まだ十分ではない、と」
ローベルは穏やかに聞き返した。
ヨストが、机の上の書面へ手を置いた。
「これを進めるつもりか」
「現在の扱いに問題があるとおっしゃるなら、検討は必要になります」
「塔の女を牢へ移せとは、誰も言ってない」
「では、どのような扱いをお望みですか」
「殺人に加わったかどうか、調べろと言ってる」
「それを刑事法院で行うのです」
ヴァンフリートの指が、茶器を置いた跡へ触れた。卓上に残った小さな水の輪が、指の腹で崩れた。
ヨストが言った。
「手元にあるのは、私たちが個人的に聞き集めた話だ。裏付けを求める権限もない。そちらの記録を見られなければ、確かめようのないことがある」
「正式な審理になれば、必要な照会は法院から行われます」
「その回答が揃うまで、彼女の審理を待つ保証は」
ローベルは答えなかった。
暖炉の中で薪が崩れた。給仕がそちらを見たが、ローベルは振り向かなかった。
「王太子を殺すために扉を開けたと認められれば、極刑もあり得ます。私が申し上げたいのは、そのことです」
「親切だな。調べてほしいことだけ、何一つ答えない」
「今のままであれば、生命は守れます」
ローベルはヴァンフリートを見た。
「王宮の管理を続け、事態が落ち着くのを待つ。彼女のためにも、お二人には慎重にお考えいただきたい」
「いつまで待つ」
「今、日を区切ることはできません」
「便利な暦だ」
ヨストが書面から手を離した。
「調べるのをやめれば、送致は進めないということか」
「現在の保留を続けるよう、私から申し上げることはできます」
ローベルは紙を取り上げ、別の書類の下へ入れた。
帰り際、彼はヴァンフリートへ声を掛けた。
「ご父君にも、お話ししてあります」
ヴァンフリートは振り返った。
「父親を呼ばなきゃ、見習い一人黙らせられないのか」
「御心配でしょうから」
ローベルは、最後まで声を荒らげなかった。




