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第2話

 面会が許されたのは、三日後の午後だった。


 ヨストが昔から知る家令に頼み、エスネエーレ本人も会うと答えたために実現した、短い訪問だった。

 調査のために塔を開けてもらったわけではない。地下も、押収品の置かれた部屋も見せられないと、入口で念を押された。


 ヨストは頷き、差し出された来訪者の帳面へ自分の名を書いた。ヴァンフリートも、その下へ続けた。


 狭い階段には、濡れた石の匂いが残っていた。

 高い窓から差す光は段の途中で途切れ、その先を、家令の持つ灯が揺れながら上がっていった。壁に触れぬよう肩を引くと、冷えた外套が背へ張りついた。


 エスネエーレは、窓の近くに座っていた。


 白い空を背にした髪が、銀に近い薄紫を帯びて見えた。

 襟の詰まった濃紫の服を着て、膝に重ねた手を動かさずにいる。傍らには本が伏せてあったが、挟まれた栞は、まだ初めの方にあった。


 ヨストが名を告げると、彼女は立ち上がりかけた。


「そのままで結構です」


 言ったヨストの方が、椅子を勧められても、すぐには座らなかった。


「法院からいらしたのですか」


 エスネエーレが尋ねた。


「勤め先はそうだが、今日は私のお願いで伺いました」


「では、取り調べでは」


「ありません。話したくないことまで、お聞きするつもりはない」


 彼女の目が、ヨストからヴァンフリートへ移った。


「お前が何を言っても、俺には判決を出す権限がない。見習いだからな」


 ヴァンフリートは椅子へ腰を下ろした。


「紙を一枚抜かして綴じると、こいつに叱られる程度の地位だ。安心しろ」


「抜かした紙によっては、叱るだけでは済まない」


「な。厳しい職場だろ」


 エスネエーレは笑わなかった。ただ、膝の上で重ねた指の一本が、わずかに緩んだ。


 家令は扉の近くへ椅子を寄せた。室内には、向かい合う三人のほかに、その男がいた。ヨストは何も言わず、自分の帳面を開いた。


「塔の扉を開けたのは、お前か」


 ヴァンフリートが尋ねた。


「はい」


「捕まった男を知っていたか」


「存じません」


「誰かを殺すために、通すつもりだったのか」


 彼女の指が、また固く重なった。


「いいえ」


 雨の雫が、窓の外を斜めに伝った。


「ですが、わたくしが開けました。それは、同じことでございましょう」


「誰がそう言った」


 彼女は答えず、扉の方を見た。家令は目を伏せていた。


「お前が開けた理由を聞いてる。ほかの人間がつけた理由なら、下でいくらでも聞ける」


「ラディスラフ殿下のお使いだと、そう承りました」


 彼女はそこで言葉を切った。ヨストが続きを促しかけたとき、エスネエーレの方から口を開いた。


「殿下は、ご無事なのですね」


「ああ」


 ヴァンフリートが答えた。


「ご本人にお会いに」


「俺は会ってない。無事だと聞いてる」


 エスネエーレは、少し遅れて頷いた。窓から来る光の中で、そのまつ毛の影だけが下へ動いた。


「……そうですか」


 膝の上の手を解き、本の角へ触れた。だが、開きはしなかった。


「殿下をお助けするためだと、思ったのです」


 ヨストが筆を動かした。


 ヴァンフリートも自分の紙へ書きつけた。書き終えたところで顔を上げると、エスネエーレがその手元を見ていた。


「何を書いたか、気になるか」


「わたくしが、そう申したと書いてくださるのですか」


「言っただろ」


「はい」


「だったら、そう書く」


 彼は紙を彼女の方へ向けた。


 エスネエーレは身を乗り出さず、少し首を傾けて読んだ。ヴァンフリートは椅子を近づけ、もう一度差し出した。


 彼女の目が、一行をゆっくりたどった。


「これは、法院へお出しになるものですか」


「俺の覚え書きだ。今のところ、どこへも出せない」


「そうでございますか」


 それでも彼女は、紙からすぐには目を離さなかった。


 面会の終わりを告げられて二人が立つと、エスネエーレはヴァンフリートを見上げた。


「お名前を、もう一度伺ってもよろしいでしょうか」


「ヴァンフリートだ」


「ヴァンフリート様」


 彼女は一度だけ繰り返した。


「何も分かってないうちから、礼を言うなよ」


「まだ申し上げておりません」


 ヴァンフリートは一瞬、口を閉じた。


 ヨストが先に扉へ向かった。

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