↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
140/195

第26話

 最終の意見が述べられる頃には、書記の机へ灯が置かれていた。


 王国代訴官は、確認費の受領と清算金六百枚の受領について、虚偽の説明と、その後の金の使途を挙げ、リューベックの刑事責任を認めるよう求めた。


 過去に正当に行った仕事があることは、今回の受領の根拠にはならない。金を後で戻すつもりだったという供述も、受領の際に偽った関与や、両当事者への虚偽の通知を消すものではないと述べた。


 シグルーンについては、少し間を置いた。


「共同関与の疑いを支えていたのは、リューベック卿の供述と、複数の依頼人が女史の関与を説明されていた事実です。しかし、その説明はいずれも同人を出所としており、女史自身の承諾や指示を裏付けるものは得られませんでした」


 代訴官は、開いていた綴りへ手を添えた。


「また、直接の指導や金銭の交付に関する供述には、本公判で確かめられた記録との食い違いがあります。女史との共謀について、有罪を求めるに足る裏付けは、示せませんでした」


 アエミリアは、最後まで書き留めた。


 リューベックの代言人は、本人が行ってきた実務と、返済を意図していたという供述を挙げた。使った金の存在を否定することは、もうしなかった。


 ヴァンフリートの番になると、彼は机から何も持たずに立った。


「アイスベルクの名が使われたことは、争わない。その名前を信じて金を払った者がいることも、争わない」


 シグルーンは、彼を見ていた。


「だが、名を使った人間の言葉が、使われた本人の承諾に変わるわけじゃない。こいつが何をしたかを調べた結果、残ったのは、リューベックがこいつのしたこととして売った説明だった」


 ヴァンフリートは裁定官へ顔を向けた。


「俺の依頼人の無罪を求める」


 それだけ言って座った。


 裁定が告げられるまでに、窓はすっかり暗くなった。


 人々の姿が、昼間とは逆に硝子の内側へ映っていた。席を離れた者の跡へも、誰かが戻ってきた。アエミリアは乾きかけた筆先を拭き、もう一度、机の上に揃えた。


 シグルーンは、自分の書いた紙を上から読み返していた。


 裁定官が席へ戻ると、長椅子の音が重なり、やがて静まった。


 最初に、リューベックの名が呼ばれた。


 女史の確認があると偽って受け取った費用と、共同関与を偽って受領した清算金について、詐欺の罪を認めるとの言葉が続いた。実際に金を受け取った者たちの記録と証言、双方へ送った通知、本人の供述が、裁定の理由として述べられた。


 リューベックは、顔を上げて聞いていた。


 次に、シグルーンの名が呼ばれた。


「シグルーン・フォン・アイスベルクについては、共謀の事実を認めるに足る証明がない」


 彼女の指が、紙の端で止まった。


「名義が繰り返し使われていたことと、本人がその使用を承諾していたことは、区別しなければならない。リューベックの供述は、直接の関与を示す裏付けを欠き、当時の記録および金銭の使途とも整合しない」


 裁定官は、手元の書面から目を上げた。


「無罪とする。勾留を解く」


 アエミリアの筆は、無罪という文字を書き終えたところで止まった。


 後ろから誰かが息を吐いた。その音に続いて、衣擦れが幾つも起こった。シグルーンは裁定官を見たまま、机へ置いた手を動かさなかった。


 ヴァンフリートは、彼女の代わりに立ち、身柄を解く手続きを確かめた。


 リューベックが衛兵に促されて席を離れた時にも、シグルーンは何も言わなかった。彼は一度こちらへ顔を向けかけたが、途中で目を伏せ、そのまま奥の扉へ歩いていった。


 扉が閉まった後、彼女はようやく筆を置いた。


「ローエンハイム卿」


 ヴァンフリートが振り向いた。


 シグルーンは口を開き、それから、机の上へ目を戻した。


「……ありがとうございました」


「ああ」


 彼は綴りを閉じた。


 手続きが済むまで、エルナは廊下で待っていた。主人の外套を両腕に掛け、呼ばれるとすぐに近づいてきたが、声は出さなかった。


 シグルーンが袖へ腕を通す間、エルナは肩のところを支えた。ボタンを掛けようとした手に、シグルーンの手が触れた。


「自分でできます」


「はい」


 エルナは手を下ろした。けれど、一歩も離れなかった。


 表玄関の扉が開くと、外の冷気が廊下を渡ってきた。


 馬車の灯が、濡れた石段の下で揺れていた。往来から聞こえる車輪の音に、通りの誰かの笑い声が混じった。シグルーンは留め具を掛け終え、手袋を片方ずつはめた。


 扉の傍に立っていた衛兵が、身を退いた。


 彼女はその前を通り、石段を下りた。エルナがすぐ傍へ続き、アエミリアは鞄を持ち直して後を追った。


 ヴァンフリートが出ると、背後で扉が閉まった。


 シグルーンは振り返らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。