第14話
裁定官たちが席を外すと、法院の時計だけが時を刻んだ。
アエミリアは窓の外を見ていた。
初春の空は白く、遠い屋根の上へ淡い光が横たわっている。
夜会の日にも空はあったはずだが、あの時の彼女には天井と人の顔しか見えていなかった。
「何を考えてる」
ヴァンフリートが聞いた。
「勝てるのかと」
「今さらだな?」
「あなたが勝った顔をなさらないので」
「まだ裁定が出てない。紙を出しただけで踊るのは、エーリヒの趣味だ」
アエミリアは少し黙った。
「もし、わたしがあの和解へ署名していたら」
「浪費家で脅迫者だった。自分の署名付きでな」
「財産も戻らなかった」
「一部は返った。首を絞める縄の房飾り代くらいは」
アエミリアは笑わなかった。
けれど、以前ほどその言葉を冷たいとは思わなかった。
やがて扉が開き、裁定官たちが戻った。
全員が立った。
アエミリアの署名は、最後まで本物として残された。
金額を確認しながら、具体的な支払先を確かめなかったことも、本人の落ち度として記録された。
夜会でリーナの身分を低く扱い、侮辱した事実も消されなかった。
しかし、広い名目で支出を認めたことは、ハルデンブルク家の古い債務や、第三者の衣装と宝飾へ自由に流用する同意ではない。
その使途を決め、利益を得たのはエーリヒとハルデンブルク家である。
アエミリアが自分のために持参金を浪費したという説明は、事実として認められなかった。
リーナへの言葉は侮辱であっても、王都からの追放や家族への報復、身体への危害を告げた事実はない。
したがって脅迫者という記録も訂正される。
そして、浪費を知ったため婚約を破棄したというエーリヒの説明は、浪費発覚より前に作られた和解書と両立しなかった。
婚約破棄の主たる原因は、アエミリアの持参金を自家のために使い、その返還を避ける目的で、彼女を浪費家として扱う準備を進めたエーリヒ側にあるとされた。
ハルデンブルク家には、持参金と持参財産の返還が命じられた。
リーナの手元にある衣装と宝飾も返還される。
彼女は持参金流用の全体を計画した者とはされなかったが、夜会の前には衣装代の出所を知りながら受け取り、アエミリアの実際の暴言へ脅迫という説明を足した責任を負う。
エーリヒが社交上の知人へ広めた説明についても、訂正を行わなければならない。
裁定官は最後に、返還できない額について述べた。
「現金での返還ができない場合、ハルデンブルク家の財産をもって回収するものとします」
エーリヒが顔を上げた。
「家の財産とは、どこまでを指すのです」
「流用された持参金によって価値を増した財産も含みます」
裁定官は帳簿の頁を示した。
「ハルデンブルク伯爵邸も、差押えの対象となり得ます」
エーリヒの顔から血の気が引いた。
「我が家を?」
ヴァンフリートが横から答えた。
「返せる金がないんだろ。安心しろ。壁は綺麗だ。高く売れる」
夜会の夜、その屋敷の中で、人々はアエミリアを見ていた。
修繕された白い壁の下で、署名を認める彼女を眺め、浪費家の花嫁が自分の金で身を滅ぼしたのだと思っていた。
今、同じ人々がエーリヒを見ていた。
彼が守ろうとしてアエミリアの金を注ぎ込んだ屋敷は、その金を返すために失われようとしている。
エーリヒは何かを言おうとした。
けれど、もう使える説明がなかった。
書記官の筆が、裁定を記録していった。
アエミリアの署名も、確認を怠ったことも、リーナへ放った醜い言葉も、その紙から消えはしなかった。
ただ、それらを並べて作られた悪女だけが、エーリヒの名の下で崩れていった。




