第21話
マティルデは、証言席の机に両手を置いた。
片方の手袋の指先を、もう片方の手で押さえている。代訴官の問いには顔を上げて答えたが、リューベックの方へは目を向けなかった。
「清算金は受け取っていません。品物や、ほかの債務の支払いに代えていただいたこともありません」
「受け取れない理由は、どのように説明されましたか」
「フリードリヒ様が、お支払いを拒んでいると」
書記が、一通の書簡を彼女の前へ置いた。
マティルデは、それが自分の受け取ったものだと確かめた。折り目の端が少し毛羽立ち、開かれると、同じところへ幾度も指を掛けた跡が見えた。
「このことを、フリードリヒ卿本人に確認しましたか」
「いいえ」
返事の後、彼女の指が手袋から離れた。
「アイスベルク女史の御指示で、直接の接触は避けるようにと言われていました。感情的なやり取りになれば、解決が難しくなると」
「誰からですか」
「リューベック卿からです」
ヴァンフリートは、代訴官の質問が済むのを待った。
「その手紙が来る前に、お前から清算金を受け取らないと言ったことはあるか」
「ありません」
「支払先を変えろとも?」
「申し上げていません」
マティルデはそこで初めて、被告席の方を見た。
「私は、決めた通りに終わらせていただきたかっただけです」
リューベックは、手元の紙を見ていた。
続いて呼ばれたフリードリヒは、同じ机へ立つなり、書記の置いた受領証を確かめた。
「この受領証です。六百枚を渡した際に、リューベック卿から受け取りました」
支払いに立ち会った家令の証言と、家の出納記録も調べられた。受領証の日付と、金が出された日は一致していた。
「その後、清算についての連絡は」
代訴官に問われると、フリードリヒはもう一通の紙へ目を移した。
「翌日、マティルデ嬢への受け渡しは済んだと通知されました」
傍聴席の前の方で、衣擦れがした。
証言を終えてそこへ座っていたマティルデが、膝の上に置いていた手を動かした。フリードリヒは気づいたが、彼女へ何かを言おうとはしなかった。
ヴァンフリートは、書記を通じて、先ほどの支払拒否の書簡を示した。
「こっちの日付を見ろ」
フリードリヒは身をかがめた。
受領完了を知らされた日よりも、後だった。
「……この時には、私はもう支払いを済ませたつもりでいました」
「誰への支払いを済ませた」
「リューベック卿へ、です」
「そこは間違えるな」
ヴァンフリートは、二通の紙を並べさせた。
「お前が六百枚を渡したことは、受領証と家令の証言で確かめられた。マティルデが受け取ったという話を、お前へ持ってきたのは誰だ」
「リューベック卿です」
「直接確かめなかった理由は」
「アイスベルク女史の方針で、連絡は代言人を介するようにと」
フリードリヒの声は、そこで少し低くなった。
マティルデは、机の上の二通を見ていた。自分の手紙はどれほど読んでも支払拒否を告げるだけだった。その隣に、彼が持っていた紙が置かれている。
裁定官がリューベックへ向き直った。
「双方への通知を作成し、送らせたことは認めるか」
「認めます。ただし、清算の進行については女史と相談していました。双方が直接交渉を始めれば、取りまとめが崩れるおそれがあったのです」
「未払いの者に受領済みと伝え、支払いをした者について支払拒否と伝えることも、その相談の結果だったというのか」
「一時的な措置でした」
ヴァンフリートが顔を上げた。
「一時的に、二人とも嘘を信じてればよかったわけか」
「言葉を選んでいただきたい」
「お前が選んだ言葉を読んでるんだ。二通ともな」
リューベックの代言人が身じろぎしたが、裁定官はヴァンフリートへ先を促した。
「その相談が、本当にあったのかを聞こう」




