第14話
「一代言人」の名は、印刷所の帳面では匿名になっていなかった。
「リューベック卿です」
主人は、黒く染まった指で一行を示した。
奥では印刷機が動いていた。木の軋む音の後に、紙を引き抜く乾いた音が続く。
軒近くまで積まれた紙束には細い通路が残され、その間を職人が身を横にして通っていた。戸口から入った風が、乾かしている刷り物の下端を一斉に揺らした。
アエミリアは、主人の指の先を見た。
「この方が、印刷の費用を?」
「抜き刷りの分は、ご本人がお払いです。論評紙へ載ったものを、別に何部か欲しいとおっしゃって」
「金を払っただけか。原稿も本人が持ってきたのか」
ヴァンフリートが尋ねた。
「原稿もです。直しも、ご自分でなさいました。この文章には随分手を入れておいででしたから、覚えています」
主人は棚から、紐で括った包みを下ろした。
刷り直しを頼まれることがあるため、原稿と訂正の入った刷りを残していたという。
アエミリアが持参した論評と並べると、消された一節の後へ書き加えられた文が、印刷された文章に収まっていた。
代金の記録だけではなかった。持ち込んだ者も、直した者も、リューベックだった。
「この後にも、ございますよ」
主人が言った。
「同じお名前についてのものが」
後の原稿は、包みの底にあった。
初めの論評では、シグルーンの手際を認めたうえで、その方法を広く用いることへの疑問を述べていた。それが、何通か隔てると、実務そのものより彼女への評価を問題にするようになっていた。
過大に持ち上げられている。
そう書かれた箇所には、さらに強い語へ直そうとした跡があった。別の原稿では、女性の代言人である珍しさが評判を生んでいると述べ、名門の姓を離れても同じ信用が得られるのかと問いかけていた。
主人は、その原稿を少し離して置いた。
「最初の頃とは、書き方がお変わりになりましたね」
「注文を断ったことは?」
「直していただいたことはございます。人を罵るだけでは、論評になりませんから」
ヴァンフリートは、消された語句を見た。
「印刷代にはなるがな」
主人は苦笑しかけて、やめた。
「どの原稿も、誰からいつ預かったか分かるようにしてあります。法院から正式に求められれば、提出いたします」
「そうしてくれ。写しも取りたい。記事だけじゃなく、直したところと日付が分かるようにな」
アエミリアは持ち込みの記録を確かめた。
リューベックがアイスベルクの名を出して依頼を得ていた頃にも、原稿は持ち込まれていた。監修を受けたと説明する仕事が増えた後にも、彼女が過大評価されていると訴える文章は刷られていた。
帰り際、主人が二人を呼び止めた。
「この論評も、罪になるのでしょうか」
「俺は悪口の出来を審理しに来たんじゃない」
ヴァンフリートは原稿の写しを鞄へ入れた。
「今あいつが話してることと、昔あいつが書いたことを比べたいんだ」
背後でまた印刷機が軋んだ。
主人は頷き、名前の残った帳面を閉じた。




