第12話
休憩が終わると、窓から差していた光は床を渡り、エーリヒの足元まで来ていた。
朝には灰色だった法院の石が、午後の色を帯びている。傍聴席から戻った人々も、もうアエミリアだけを見てはいなかった。
エーリヒは証言席に立ったままである。
ヴァンフリートの鞄には、まだ一通の和解書が残っていた。
「では、続けます」
裁定官が言った。
ヴァンフリートは席を立った。
「お前が帳簿の全体を知ったのはいつだ」
「先ほど申し上げたとおり、夜会の日です」
「朝か、昼か、夜か」
「朝です。家の者から最終的な支出の報告を受けました」
「それまで支払いの細部は知らなかった?」
「個々に承認したものはあります。しかし総額と、アエミリアが何も把握していなかったことを知ったのは、その朝です」
「それまでは結婚するつもりだった?」
「もちろんです」
「婚約を破棄すると決めたのは、帳簿を見た後か」
「そうです」
「その朝より前に、アエミリアを浪費家として破談するつもりはなかった?」
「ありません」
ヴァンフリートは頷いた。
同じことを言い換えて重ねることはしなかった。
裁定官へ向き直る。
「今の証言は、夜会当日の朝に浪費を知り、それ以前には破談するつもりがなかった、でいいな」
「そのように理解します」
裁定官は書記官の記録を確かめた。
次に相手方の代言人を見た。
「訂正する点はありますか」
代言人はエーリヒと短く目を合わせた。
「ありません」
「本人も?」
「ありません」
エーリヒが答えた。
ヴァンフリートはそこで初めて、鞄を開いた。
封筒から和解書を取り出し、折り目を伸ばした。
大仰に掲げはしなかった。
白い紙を、裁定官の前へ静かに置いただけだった。
「では、これは何だ」
エーリヒの目が、紙へ落ちた。
その一瞬に浮かんだものを、アエミリアは見た。
驚きではない。
知っているものを、ここでは見たくなかった男の顔だった。
裁定官が和解書へ目を通した。
アエミリアが婚礼費を浪費したことを認め、婚約を解消し、持参金の一部をハルデンブルク家へ残したうえで、以後争わない。
夜会の後に差し出された和解案と、内容は同じである。
違うのは日付だった。
「作成日は、夜会の一週間前となっています」
裁定官が言った。
傍聴席がざわめいた。
ヴァンフリートはエーリヒから目を離さなかった。
「お前、一週間後に知る女の浪費を、一週間前から認めさせる準備をしてたのか」
「日付の誤りです」
エーリヒの返事は早かった。
「その和解書は夜会の後に作らせたものです。代書人が日付を書き違えたのでしょう」
「そうか」
ヴァンフリートはあっさり引いた。
エーリヒの顔に、わずかな安堵が戻った。
「紙が間違えたなら、書いた奴に謝ってもらおう」
書記官が扉を開け、代書人ヘニングの名を呼んだ。
エーリヒの安堵が消えた。




