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第2話

 法院の表玄関には、晴れ間を待つ人々の外套の湿りがこもっていた。


 三人はその列を横に見て、留置棟へ通じる脇の入口へ回った。

 低い庇の下で、衛兵が取次ぎの書面を確かめた。奥から来た係の者が名を聞き直し、ヴァンフリートとアエミリアを通した。


 廊下へ入ると、外の車輪の音が急に遠くなった。


 高い窓から入る光は、向かいの壁まで届かなかった。

 床を洗った水の匂いに、古い薪の煙が薄く混じっている。

 二人の足音を先導していた係の者が、突き当たりの扉を開けた。


 シグルーンは、狭い机の向こうに座っていた。


 膝の上に手袋を重ね、背を椅子につけずにいる。傍らには書類も鞄もなかった。机の上に置かれた水差しには、窓の形だけが白く映っていた。


 ヴァンフリートを見ると、彼女は立ち上がった。


「ローエンハイム卿」


「座ってろ。挨拶を見に来たんじゃない」


 シグルーンは言い返さず、椅子へ戻った。


 アエミリアにも目を向け、軽く会釈する。

 その落ち着いた仕草に、アエミリアは却って言葉を見つけられなくなった。鞄から紙を出して、ヴァンフリートの横へ座った。


 扉が閉じた。


「来ていただいたことには、感謝いたします」


「礼は話を聞いてからにしろ。俺が帰りたくなるかもしれん」


「その場合も、来ていただいた事実は変わりません」


「元気そうだな」


 ヴァンフリートは新聞を出した。


 シグルーンは、自分の名が大きく刷られた紙面を一瞥しただけだった。机へ置かれた時、紙の端が水差しの底に残った湿りへ触れたので、指先で少し遠ざけた。


「リューベックと共同で受けた仕事はあるか」


「ありません」


「今回の清算に限らず、だ」


「一度もありません」


 アエミリアの筆が紙の上を走った。


「お前が確認したことになってる案件が、ほかにもある。書類を見たり、判断を求められたりしたことは」


「リューベック卿の受任案件を、私が監修した事実はありません」


「仕事をしなくても、名前を貸して金を取る奴はいる。お前は?」


「名を使うことを許した覚えも、金銭を受け取った事実もありません」


 ヴァンフリートは彼女を見ていた。


 シグルーンも目を逸らさなかった。ただ、膝の上に揃えていた手袋の片方が、もう片方より少し先へ出ていた。


「今回の婚約解消について、リューベックから連絡はあったか」


「ありません。マティルデ嬢からも、フリードリヒ卿からも」


「本人とは、いつからの知り合いだ」


 ここで初めて、返事までに間があった。


「二年前です。エリーゼという女性にかかわる事件で、同じ案件を扱いました」


「一緒に?」


「対立する側の代言人として、です」


 アエミリアは書きかけた言葉の後へ、その一言を加えた。


「その時のやり取りは残ってるか」


「書簡も、事件の記録も保管しています」


「なら、後で見る」


 ヴァンフリートは新聞を半分に折った。大きな見出しが内側へ入ると、紙面に占めるシグルーンの名は、記事の途中の小さな活字だけになった。


「お前の話じゃ、一緒に仕事をしたことはない。向こうの話じゃ、共同事務所みたいなもんだ。面倒だな」


「私も、そのように考えています」


「俺に頼む理由は?」


 シグルーンは机の上へ手を置いた。


 いつもなら、その指の間に筆があるはずだった。何も持たない手が、しばらく紙の端に添えられていた。


「私がしたことと、リューベック卿が私のしたこととして述べているものを、分けていただきたいのです」


「分けた結果、お前に都合の悪いものが出てもか」


「必要な記録は、すべてお見せします」


 ヴァンフリートは鞄から受任のための紙を出した。


 シグルーンはすぐ署名せず、上から読んだ。最後まで目を通し、記載の一か所を確かめてから、アエミリアが差し出した筆を取った。


「私の刑事代言を、お願いします」


「引き受ける」


 筆先が紙に触れた。


 書き終えた名を乾かす間、誰も話さなかった。廊下の向こうで錠が鳴り、その音が壁に沿って小さくなっていった。


「今日、外へ出られるとは限らん」


 ヴァンフリートが言った。


「承知しています」


「承知してるのと、実際に扉が閉まるのは違うぞ」


 シグルーンは筆を返した。


「それは、昨夜、分かりました」


 アエミリアは受け取った筆を、すぐにはインク壺へ戻せなかった。



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