第6話
母親の部屋には、冬の光が細く差し込んでいた。
窓辺に置かれた椅子へ腰掛けた女は、膝の上で子供服のほつれを繕っていた。病の名残は頬に残っていたが、声は落ち着いている。
ヴァンフリートたちが用件を告げると、女は驚くより先に針を布へ刺し、膝の上へ置いた。
「いつか、そう言われると思っていました」
「ヴェンツェルの愛人だと?」
「若い女の家へ、貴族の方が夜にいらしたのです。お金まで払えば、そう見たい人にはそう見えるでしょう」
「実際は?」
「あの夜まで、お顔も存じませんでした」
「名前も?」
「息子から聞いたことがあるだけです。困った時に助けてくれる、立派な方だと」
「訂正しなかったのか」
「会ってみるまでは、わたしも信じていました」
女の口元に、淡い笑みが生まれた。
「あの方は、部屋へ入るなり窓を開けました。空気が悪い、床が軋む、寝台が狭いと、病人の前で随分ひどいことを仰いました。医師が薬の支度をする間には、なぜ自分が夜更けに知らない女の部屋へいるのかと、息子へ何度も尋ねていました」
「帰ろうとは?」
「何度もなさいました」
「本当に帰った?」
「医師から、朝まで容体が変わるかもしれないと言われると、戸口へ椅子を運ばせました。病人の部屋で寝れば病気がうつる、馬車へ戻れば様子が分からない。だから扉の外が最も合理的だそうです」
「お前たち、口裏を合わせたのか。言い訳まで本人そっくりだ」
「先生」
「褒めてる。ここまで不愉快な言い回しを真似るのは難しい」
アエミリアは母親へ向き直った。
「その後も、ヴェンツェル様が夜に来られたのですか」
「医師の往診に合わせて、二度ほど。ですが、一人で来られたことはありません。わたしが起きられるようになると、あとは屋敷の方が食べ物や薬を届けてくださいました」
「お金を返す約束は?」
「初めは、すべて貸しだと仰いました」
「返したのか」
「少しずつ返すつもりでした。ですが、息子を小姓として雇うと決まった時、あの方は、給金から勝手に返そうとすれば解雇すると仰いました」
「貸した金を返すと解雇か。新しい債権回収だな」
「施しではない、とも仰いました」
女は少年の上着の袖を直した。
「息子が働き、その給金をどう使うかは息子が決める。わたしが受け取るのは息子の働いたお金で、あの方から恵まれるのではない、と」
少年は得意そうに胸を張った。
「僕は働いています」
「靴の左右で艶が違うそうだぞ」
少年は自分の靴を見下ろし、左足を後ろへ隠した。
「それは今朝、急いでいたからです」
「走るなと言われたので、急いで歩いてきたのですね」
アエミリアが言うと、少年は驚いて彼女を見た。
「どうして分かったんですか」
「あの方が、昨夜あなたの失敗を一つ残らず話してくださったからです」
「褒めていましたか」
「それは、あまり」
「解雇するとは言わなかったでしょう?」
「人手が足りないので置いているだけだそうです」
少年は少し考えてから、嬉しそうに笑った。
「いつもそう言います」
母親も微笑んだ。
その笑い方には、貴族の愛人と呼ばれた女の艶めいた秘密などなかった。手に馴染んだ針と、息子が持ち帰る給金で明日の暮らしをつなぐ者の、静かな安堵だけがあった。




