第10話
仕立屋の注文控えが出されると、深紅の衣装が再び法院へ戻ってきた。
もちろん衣装そのものではない。
布の量と、仕立てた形と、着る者の寸法が残った一枚の紙である。
「これはアエミリア用に仕立てたものを、後からリーナへ直した衣装ではない」
ヴァンフリートが言った。
「最初からリーナの寸法で注文されてる。採寸へ来たのも本人だ」
裁定官が相手方へ確認した。
「この注文控えについて、異議は?」
「ありません」
エーリヒが答えた。
「私が贈った衣装です」
「誰の金で?」
「婚礼準備のため、アエミリアが支出を承認した金です」
「じゃあ、あの夜の衣装は偶然じゃない」
ヴァンフリートは注文控えを机へ置いた。
「アエミリアが自分の花嫁衣装になると思って金を出した布を、最初から別の女の寸法で仕立てた。お前が贈って、お前の夜会で着せた」
「彼女があのように怒るとは思わなかった」
「そうか。自分の婚礼衣装を愛人に着せて見せたら、花嫁が拍手すると思ったわけだ。お前の家じゃ恋愛と喜劇を同じ教師に習うらしい」
「愛人ではありません」
相手方の代言人が強く言った。
「言葉を訂正してください」
「なら関係は何だ」
「親しい友人です」
「友人に花嫁の金で衣装と宝石を贈るのか。俺にも紹介してくれ。友情観は合わんが、財布とは仲良くなれそうだ」
裁定官が机を指で打った。
「ローエンハイム代言人」
「分かった。友人でいい。金の行き先は変わらん」
ヴァンフリートは椅子へ戻った。
リーナが呼ばれた。
彼女は深紅ではなく、淡い灰色の衣装を着ていた。
飾りも少なく、夜会で見た時より若く見えた。
証言席へ立つと、アエミリアを一度見た。
アエミリアも目を逸らさなかった。
「衣装の採寸を受けたか」
ヴァンフリートが尋ねた。
「はい」
「誰からの贈り物だと聞いた」
「エーリヒ様です」
「最初から、アエミリアの婚礼費で払われると知ってた?」
「いいえ」
リーナは首を横に振った。
「初めは、エーリヒ様ご自身が用意なさるものだと思っていました」
「いつ知った」
沈黙が落ちた。
リーナの指が、衣装の裾を握った。
「夜会の前です」
「どのくらい前だ」
「前の日に」
「誰から聞いた」
「エーリヒ様からです」
エーリヒがわずかに身を動かした。
「何と言われた」
「婚礼準備の費用に含めてあるけれど、アエミリア様が署名しているから問題はないと」
「それで着た?」
「はい」
「アエミリアへ確かめたか」
「いいえ」
「金を返したか」
「まだです」
ヴァンフリートはそれ以上、衣装について責めなかった。
「暗殺計画にでも加わった顔をするな。聞いてるのは服の話だ」
リーナが顔を上げた。
「お前が最初から全部知ってた証拠はない。最初は贈り物だと思った。それは残す。ただし夜会の前には、誰の婚礼費か知った。それでも着た。そこも残す」
リーナの唇が震えたが、反論はしなかった。
「次だ。夜会でアエミリアに何を言われた」
「伯爵家の婚礼衣装を、わたくしのような者が人前で見せびらかしてよいものではない、と」
「ほかには?」
「身分を笠に着て、わたくしを見下しました」
「見下されたかどうかじゃない。何を言われた」
リーナは目を伏せた。
「今申し上げた言葉です」
「王都から出て行けと言われたか」
「いいえ」
「従わなければ家族へ報復すると?」
「言われていません」
「身体へ危害を加えると?」
「いいえ」
相手方の代言人が立った。
「言葉どおりの危害が示されなくとも、身分差のある相手から公然と侮辱を受ければ、恐怖を感じるのは当然です」
「恐怖を感じたことは争ってない」
ヴァンフリートはリーナを見た。
「夜会の後、お前はアエミリアから脅迫されたと人に話したな」
「……はい」
「今の言葉以外に、何かあった?」
「ありません」
「なら、なぜ脅迫されたと言った」
「怖かったからです」
リーナの声が細くなった。
「アエミリア様ほどのお家の方なら、わたくしを王都にいられなくすることもできると思いました。皆に聞かれて、怖かったと話すうちに――」
「言われたことと、起こるかもしれないと思ったことが混じった?」
リーナはしばらく黙り、やがて頷いた。
「はい」
ヴァンフリートはアエミリアへ振り向いた。
「お前、今の発言はしたか」
「しました」
アエミリアは立ち上がった。
「メルフェルト令嬢の身分を、自分より低いものとして傷つけるために使いました。それについては、謝罪します」
リーナは答えなかった。
許すとも、許さないとも言わなかった。
アエミリアも返事を求めず、席へ戻った。
ヴァンフリートは再びリーナへ向いた。
「嫌なことを言われた。それは本当だ」
彼の声から皮肉が消えた。
「だから言われてない脅しまで作っていい、とは法院も言わないだろ」
リーナは俯いたまま、小さく頷いた。




