冒険の翌日
第八話です。
翌朝。カムラは目覚めた。今度の周囲は暗くなく、陽の光は部屋へ差し込んでいた。足に重みを感じ、顔をやると足にうつ伏せになって寝るラリアを見た。カムラは足を動かしてラリアを起こす。
「ふぁ…」
「おはようラリア」
カムラは布団から抜け、地面に立つ。奇跡的にも足はそこまでの痛みを続かせていなかった。痛みを残さないとは違うが、それでも動ける点で彼の朝をより良くしていた。時計は七時前を差し、やや遅くなったとカムラは自省する。
ラリアも時計を見るとカムラに食堂に行こうと身体で示した。
「わかった。飯な」
サウスアスチュートではどうも一日三食が当たり前のようで、朝の食事を摂る事を許される街であった。敬虔な聖教徒は朝食を摂らないようであるが、ラリアに至って敬虔とは程遠く、無論カムラとてそれは同じであった。
階段を降り、食堂へ入る。朝食には卵、野菜、シチュー、そしてソーセージが出された。村では見ない食卓ではあるものの、都市部ではこういったものがよく食べられるものかとラリアは思っていた。食事は彼女とっては豪勢なものであったのだ。
「な、ラリア」
「ん?」
「今日は装備を買いたい。前回でわかったが…鎧無し、強化服無しは死ぬ」
カムラは先の戦闘でこそ、柔軟に対応したが次はこうならない事を骨身に感じていた。それ故に新装備の必要性を知ったのである。
ラリアもこれには賛成せざるを得なかった。生死に関わる話題の為に資金の出し惜しみ等は冒険者になりたての彼等にとって御法度となり、殊に前衛を任せられるカムラにとっては死活問題であった。この結論は良くも悪くも初の探索によって得られた結論だった。
「前回こそできなかったが、やはり俺は七層まで目を通したい。各層の情報が無い俺達は問題が多過ぎる」
「それはそうね。じゃあ…買う?」
「前回はそこそこ金も貰ったしな。貯蓄も考えると散財はあり得ないが、まぁ、今回は道具だからな」
「私も反省ねー、こんな事ならバゲットで買っておけば良かったもの」
「な?だから言ったのに」
二人は朝食を終え、部屋へと戻った。歯を磨き、そのまま出かける。時刻は九時に差し掛かろうとしていた。
***
二人はギルドへ向かう事とした。気になったのはやはり昨日の話はどうなっているのか、と、その点にあったのである。九時台のギルドは既に開いていた。ギルド内は多様な冒険者が集い、そして受付には列ができていた。依頼を求める冒険者、食堂で談笑する人、ギルド員に案内され直接依頼の会議に出向く冒険者。一昨日と昨日でラリアの知る景色はどれも夜遅くの景色だった為に今日の景色は新鮮さを伴った。
カムラは受付横の新聞売り場の新聞を手に取った。50セーレス硬貨を販売員に手渡し、新聞を手に取る。閉じられた形の新聞はその一面に挿絵が載せられている。その挿絵には口から火を放つカバやゾウ、猪の特徴を見せる怪物に剣や弓を持つ人々、七人程度が相対していた。
〈ケトル冒険者連合、ベヒモスを討伐、大きさ100フィート〉
そしてその上にはそんな文句が一面に大きく飾られる。解説にはゴブリンとエルフ、ダーダルスにサピエンスの混合連合がベヒモスの討伐を果たしたと説明され、更にはルーマン王直々に勲章が齎されたとも書かれた。ルーマン王と言うと大陸側征州のハイモス半島に位置する国の王である。この偉業が成されたのも、やはりと言うべきか二週間程前の話であった。
ケトルパーティーはパーティーの中でもかなり力を持つパーティーなのだろうとカムラは考えた。カムラ自身は冒険者職への知識は少なく、ラリアに聞く事がこれまでも多かった。だが、こうして公的に賞賛されるというのは、名実共にあるパーティーという事を素人目でも見て取れた。
「あ、なんか買ったねカムラ」
「ん?あぁ。新聞だよ。ほれ見ろ。ケトルパーティーは曰く、ベヒモスの討伐に成功した様だ」
「本当!?凄いじゃない!」
「軍は出ないんだな」
「そりゃほら、その為にお金もかかるし」
「なるほど?そんなもんか?」
「ていうか、それ読んでないで、早く行こうよ!」
が、カムラは離れない。
「まぁ待て。俺らの事がここに載ってるかもしれんだろ?……あ、あった」
「え?」
そこには小さく、然し乍ら間違いなく、三人の冒険者によってバグの巣が発見されたと書かれていた。そこには依頼主によって、元々依頼していたパーティーに変わって情報を持ち帰った二人を知らないとも書かれていた。
「言わなかったのか?」
「うん。だってどうせ会わないし」
「そか、それもそうか」
カムラはそう言うと手に取った新聞を丸め、ゴミ箱に捨てた。
「何かあったか?」
ラリアにカムラは聞いてみるも、口からは何もなく。ただ首を振るのみであった。然しそれだけでどうだったのか等容易に想像できた。
***
サウスアスチュートの中心街。それはノルト通りとなる。文字通りサウスアスチュートの北側の大通りとなり、昨今徐々に増えつつある証券会社なるものから、服屋、武器屋、防具屋、食事処、風呂屋がある。特に中間の武器屋防具屋には多くの冒険者が集まり、ごった返していた。武器屋防具屋ではカラキドン洞窟から採られた魔石やモンスターの素材から作られた装備が揃えられ、更にはアダマントやミスラルの素材までも売られている。
カムラが欲するのは当然防具類であり、特に胸部の軽鎧と、バフォメトの革を加工した脚部用革装備を欲していた。バフォメトは魔法を行使し、金縛りや混乱、また雷を放つ凶悪なモンスターであるが、魔力を通し易い皮や繊維は装備にもうってつけであった。
嘗ては忌避され、十字軍等は使いもしなかったとされるが、一方でランツクネヒトはそれを意に介さずに使っており、それ故に強力であった。
彼もまたそんな魔力を貯め、そして自由に行使できるバフォメトの革装備を探していたのであった。そしてそんな彼の目に止まったのは人集りのある武器屋の隣であった。そこにあったのはバグの外殻で作られた鎧、オリハルコンの鎧、そして、バフォメトの皮。
「すいませーん!誰かいますかー?!」
呼んでみるも返事はない。しかしゆっくりと店の奥から影が現れ、日の光の元にその輪郭を具現させた。小さな背丈に緑色の肌。羊の様な目に高い鼻。その男はゴブリンであった。
「何の様だ?」
ゴブリンの男は当然だとそうぶっきらぼうに言った。カムラもこれにこう返す。
「何の様?わからないか?」
初見では大半は敬語だが、最初から強気の言葉をかけられればカムラはこの様な態度を取ってきた。
「嗚呼。分からん」
「やっぱり。その聞き方で答えてくれるパターンを俺は知らないね。テンプレートだな」
「…用がないなら工房に戻るが」
「悪かったよ、ただ本当に、わからないか?」
「客か?」
「それ以外に何がある?俺はな武器は充分にあるんだが装備が欲しくてな。それも魔力を通せるやつ」
「サピエンスなのにそんなのを求めるのか?はっ、珍しい奴だ。魔力が空っぽなのか?落ちこぼれだな」
その男は喧嘩腰で応える。然しカムラにそれは何らの動揺を与えるものではなかった。
「落ちこぼれだ。結構。だが、やっぱり装備はいる。この仕事の上な。んで、装備を作って欲しい。これが仕事だ」
「まぁいいだろう…。で、使うのは?バフォメトか?」
「そうだが?」
「悪いが数が無くてね。それにバフォメトなんて使うと周囲からの心象も悪い。やめといた方がいい」
「…頑固だねぇ。じゃ、なんで店頭に売ってるんだ?」
「…同胞向けだよ」
「なら安心だ。俺はサキュバスと組むんでな」
「身体が好かったか?」
「いや?経験がある。それに身寄りもないらしい。格安の人材だ」
「現金な男だ…」
ゴブリン人の店主は頭を掻くと、店頭のバフォメトの革を回収し、カムラに奥に来いとジェスチャーをする。カムラはラリアを呼び、奥に入って行った。
「その嬢ちゃんも客か?」
「連れだ」
「あ、バフォメトの角だ」
「欲しいのか?」
「杖に加工して欲しいなぁ〜みたいな?」
「悪いがそっちは本当に数が無い」
その言葉にカムラは引っかかった。
「そっちは?」
「先にバフォメトの革が少ないと言ったな。悪かった。お前達が本当に客か分からなくてな。試す様な真似をした」
「いや、そういう話なこっちも悪かった。事情は何となく察したが」
「そうか」
「んで、装備についてなんだがな。全身じゃなくていい。腕部、そしてブーツ。これは絶対欲しい。それから別んとこで軽鎧を買うが、バフォメトの毛で軽鎧を覆う様なカバーを作って欲しい」
「魔法剣士になりたいのか?」
「いや、違う。ただこれで防御力向上や身体能力補正が効くならいいと思ってる」
「わかった。では先ずブーツからだな」
ゴブリンの男はカムラに靴を脱ぐよう指示した。カムラも靴を脱ぎ、寸法を測る。その間にカムラは質問を投げかけた。
「そう言えば、アンタの名前を聞いてなかった」
「トルンガだ」
「へー。下の名は」
「聞いてどうする」
「何もねぇよ。ただ気になるだけだ」
「カミンスキーだ」
「そうか。カミンスキーか。覚えておこう。もしかしたらまた来るかもだからな」
「好きにしろ」
カミンスキーはカムラの採寸を終えると羽ペンにインクを乗せ、紙に図面を書いていく。滑らかな線は瞬く間に長靴になった。
丁寧な線は狂いを許さず、過度な装飾を持たないデザインは簡潔にして、カムラの欲するものに近かった。
ラリアはカミンスキーの店を見渡し、思った事を聞いた。
「何でこんなにお客さんが来ないの?」
「嫌われてんのさ。魔族はな」
カミンスキーは魔族、と言った。嘗てゴブリンやオーク、サキュバス、獣人、また今でこそダーダルスと呼ばれるデビラルを指す言葉だ。彼は自らは差別されているのだ、と明確にそう示した。
「大昔はお前らと宜しくやってた様だが。いつの間にか敵対してな。今更仲良くなんて難しいのさ。サキュバスやらダーダルス、獣人はまだいいさ。俺たちゴブリンやオークは見た目が全然違う。受け入れられない。
それは俺たちだってそうさ。お前たちを受け入れられなかった」
「昔牧師様から教えて貰ったけれど、魔王国って国の話?」
「そうだ。まぁ、俺が生まれる頃には無かったがな」
カミンスキーはそう続けた。
然しラリアはこうも思った。カミンスキーはここにいるではないか。ではきっと彼は違うのだ、と。彼でさえサピエンスを嫌うならば、遠く離れた故郷から島国のアイヴァースになど来る理由もない。であればきっとこの言葉は詭弁であるとしか思えなかった。だが彼女にわかるのは、詮索して良いのはそこまでであった。それ以上はきっと身内でもない自分が聞く事ではないのは彼女とて理解出来た。
カミンスキーの装備は明後日の受取に持ち越され、カムラは先に2アーレスを支払った。
読んで頂きありがとうございます。
やや途中切りになってしまったので何処かで改稿するかもしれません。申し訳ありません。
次回投稿に関してですが暫く私用で執筆が困難な為、大分開けることになるかもしれません。




