帰ってきた三人
第七話です。
カムラは目を覚ました。周囲には昨日見たベッド類。外は暗く、深夜か、という様相を見せる。
もしや先程までのは夢だったのか、などと心に思った彼であったが、その期待は二つによって潰された。何故か?それは側にいたのがラリアではなくオーダであったから、そして痛む腹部と両腕があったからである。
「帰って…きた」
その声にオーダは反応した。
「目を覚まされましたか」
「…え、えぇ。そうで…あ、いや。違った。そうだ。ラリアは?何処へ?」
「彼女ならギルドと買店へ。換金と、カムラの治療費を払いに行ったそうですよ?」
それを聞き、カムラは安心した。
カムラの表情を見て、オーダの表情はより穏やかになった。手元のコップに水魔法で水を注ぐと、カムラに手渡す。
「安心してくれ、とは言いませんが、これでも魔力の安定度合いには自信があるつもりです。毒はありませんよ」
カムラは頷き、口に含んだ。喉を伝う水は久々の感覚だった。大きな痛みも覚悟したが、それもなく。
「腹部の損傷については…腸が露出するには至らなかった様です。ですから、飲食には問題ない、と。問題は胸部、脊髄ですね。なんとか治しましたが、二日は安静にするべきです」
「……そういうアンタは?どうなんだ」
「私は軽傷で済みましたが…パーティーの方が問題ですね。宿舎をどうするか…」
「どういう意味だ?」
「私の所有ではないのです。複数人の出資で成り立っていましたが、全滅となれば私も家がありません」
オーダの話に言葉を詰まらせる。カムラ、ラリアは生きて帰ってきた。しかし彼女はどうか?簡単ではないのは誰の目にも明らかだった。
冒険者という職が生死以外で苦難が多い事はカムラも見通せなかった。
一瞬、空気は重くなった、かに思われた。
「ただーいまーっ!!」
戸を勢いよく開け、ラリアは帰宅した。彼等の空気の重さは、その重しは容易に弾き飛ばされた。
「お、おかえり」
「あ、カムラ起きたんだ。突然気絶するから何があったのかと」
「お前もボコボコにされてみやがれ!」
「ざーんねん。後衛だからそんな目に遭いませーん」
「ラリアさんがいなければどのみち詰んでいましたし」
「さっすがオーダ!冴えてる!」
ラリアは調子良く言うとカムラの側に寄る。
「で、調子は?」
「腹がまだ。腕もな。痛みは当分残ると」
「なら夕食はどうする?」
「下からパンを持ってきましょうか?」
ラリアはオーダの手に重ね、頭を何度も振る。
「本当!?ありがとーっ!是非、お願いっ!」
オーダはそんなラリアの態度にやや押されつつ「三人分を持ってきますよ」と、部屋から離れた。彼女の後姿を見守り、カムラは上体を起こした。
「幾ら手に入った?」
「お、聞いちゃう感じ?」
「役所がカラキドン洞窟の調査をして、それでギルドは成り立ってる筈だ。その上で討伐数をこなせば、収益も出ようさ。それに回収した出糸腺とか、スペライノの歯とか、バグのキチンとかあったろ?」
ラリアは袋から何枚かの長方形の紙、紙幣を取り出した。10アーレス紙幣が二枚。彼等にとってはまごう事なき大金。
「そんなにか!」
「そうよ!冒険者を目指して良かった!ね?カムラもそう思うでしょ!?」
然しカムラはその発言には目を細めた。当然である。彼女に連れられ洞窟にやってきた彼はその結果大怪我を負っているのだ。
「よくも負傷した奴の前でそんな事を言えたなお前」
カムラはそう返す。返したくなった。
「あっ。あー、その。ま、うん。ごめん」
「だよなぁ?今度からはお前任せだな」
「そういう事なら、まっかせて!」
カムラはそんな反省の色が容易に抜ける彼女に唸る事しか反抗の意志表示が無かった。何言っても聞かないならば、淡々と付き合うしか己には道は残されていないのだ、と。
カムラは彼女の持つ資金を受け取った。額を考える。
「というか本当にこんなに貰えるものか?」
「んー。まぁ種明かしするとね?今回はオーダのパーティーが壊滅しちゃったでしょ?ただその時に助けたじゃない?んで、私達は巣の場所をある程度目星を付けられた。んで、オーダの依頼主が私達にも報酬をくれたって訳」
「んじゃ基本はこんなに得られない、と」
「ギルドの人曰く一日200デナース、つまり2アーレス稼げればいい方で、その上でついて回る装備代とかを含めればもっとかかるし、毎日洞窟に行く冒険者は少ないらしいし」
「んじゃ俺たちの拠点を得るには壁が高いと」
「そそ、そこでーー」
その時、扉が開く。オーダが帰ってきた。
「事情を説明したら持っていく事を許してくれました。カムラさんには粥がありますよ。食べますか?」
オーダは四枚のハムとパン、そして野菜。カムラ用の粥と水を持ってきた。
「そりゃ勿論食べるさ。じゃなきゃどうにかなっちまう」
「ですね」
するとオーダはカムラの元に寄って来た。粥をスプーンで掬う。
「は?何だアンタがそれ食うのか?」
「まさか。そんな訳ないでしょう?」
オーダはスプーンをカムラの口元に寄せる。
「はい、あーん」
「は?んぐっ!んんん!」
無理矢理口にスプーンを入れられ、カムラは粥を食べざるを得ない状態になった。
「ちょ、ちょっと…」
「おい、俺は子供じゃないんだ…んぐっ!んーー!」
次々と口に放り込まれる粥にカムラは段々と諦め始め、結局カムラは粥を半分まで彼女のスプーンを以て食す羽目になってしまった。が、半分迄というのはオーダの暴走を止める少女が居たからであるのは言うまでもない。
「オーダっ!な、な、カムラにそんな事する必要無いと…思うんだけど?」
「そうなんですか?カムラさん」
「……いや、その、悪い気はしない、よな。うん」
「カムラ!?」
「手を怪我した様でしたし。私は助けられた身、恩返しを、と思ったのですが、違いました?」
オーダは首を傾げ、そんな言を宣った。
「カムラも何か言ってやってよ!」
「…まぁ、悪い気はしない…が。ラリアの言もまた然り。アンタに運んで貰った分で借りは返されてると思う。違うかな」
それにオーダは首を振った。否定であった。
「そうはそうです。ですけれど、こう言ってはよろしくも無いですが。私だけでは第五、第六区の突破は貴方方を見捨てたとて困難を極めましたでしょうし、打算にはなりますがカムラさんさえあの状況下では必要な戦力になり得た。それ故に貴方の言葉を私は信じ、そして離した。結果的に貴方はカラキドンの注意をバグらに逸らし、生き延びた。私だけでは判断不足に陥っていたに違いないでしょう」
オーダの言は纏めれば、結局のところは「だから自分は世話をする義務がある」と、それに尽きる結論にある。だがそれをラリアが指を咥え諦観する道理は無かった。
「ちょっと待ちなさい」
「はい?」
「私とカムラの関係をわかって?」
ラリアは唐突にそう言う。が、やはりオーダは首を傾げる。
「ですが、大抵謝意を示すならばこうしなさいとは私の父の言葉でして」
「サキュバスは!ね!サピエンスではそんな事しないのよ!なーんたって、特に!コイツは一人でやらせた方がいいんだから!」
カムラはその言葉に怪訝な顔をしつつも、納得も見せる。
「その発言は些か癪だが。オーダ。彼女の言葉は全く正しい。殊俺に至ってはやはりこの程度の事に苦しむ程軟弱に育ったつもりはない。まして冒険者という生死関わる職に就く者がこんな事で泣き言は言わない。すまないな」
「そう…ですか」
オーダは納得するとスプーンを置く。カムラはそのスプーンを取ると粥を引き続き口に運んだ。痛む肩を半ば気合いで耐え乍ら食し続けた。一方で問題も解決した事でラリアには先程の会話は傍に置き、オーダに話したい事があった。
「ところでオーダ」
「はい?」
「パーティー無いのよね?」
「えぇ」
「うち来ない?」
カムラはやっと食べ終わった粥の器にスプーンを置いたところでそれを耳にしてしまった。
「はぁ!?お前さっきの空気からよくその話題出したな。どんな勇気だよ」
「それはそれ、これはこれ。今回でわかったけどやっぱり経験者の同行は欲しいもの。今日で二回目だし?顔馴染みだし。悪くないと思うけど」
ラリアは提案を止める事はなく。更に次の様に続けた。
「オーダ抜きにして私達が拠点なんて得れるとも思えない。オーダはさ、何級?」
「一応冒険者の等級は三級とはなりますが」
「なら益々いいじゃない。ね、どう?カムラ」
カムラは器を傍に置き、オーダを見据え、そしてラリアに向き直る。
「まぁ、言いたい事はある。とはいえ少ない。例えばここに三人住むんか、報酬はどうする、ギルドにはどう説明するか、とかな。ただそれは全てを解決できるならば充分。オーダを是非とも歓迎、あ、いや。来て欲しい。我々ではどうしようもない現下、貴方に来て頂きたいものだ」
「持ち帰って検討…とします。あの宿舎の引き払いもしなくてはなりませんし」
「そう言えばそこには住めないの?」
「難しいですね。ここ一帯の土地の所有は貴族のもの、私達はこれを借り、売り買いしているに過ぎませんから」
「成程、村とその点は変わらない訳か。わかった」
ラリアとカムラはオーダを見送った。
オーダがいなくなり、再び部屋には二人が残った。
「長かったわねー。いや、うーん」
「俺としては寧ろ第一層だからといって安全ではない事がよく分かった。特にあの化け物」
「カラキドンね。洞窟の名前にもなった」
先の戦闘で目にする事となったカラキドンはその体躯や特性共にカムラの心に焼きついた。大半が脂肪故、完全なダメージを与えるには至らず、苦戦を強いられた。
何より、硬さや素早さは確かに想像に容易かった。が、脂肪による防御は彼の想像外にあって、驚きを隠せなかった。
「風呂に…と言いたいところだが無理か。ラリア、入ってきたらどうだ?」
「カムラが入れないのに私だけなんて無し。今日は私はカムラといるわ」
「そか。ただ悪いが俺は疲れててな。寝る」
「うん。わかった」
ラリアはカムラが寝入ったのを確認し、ベッドから降りる。カムラの剣を見た。アムールから渡された剣はその形を保ったままであった。刃を見ればやや欠けが見えたがそれでも大きな損傷はないように見える。机に置かれた彼の日記を彼の棚に仕舞った。中を見る気にはなれなかった。特徴的な彼の字体は独特ではあったが読めなくは無かった。筆記体が苦手なのか一文字一文字がハッキリと表紙に刻まれている。そこには「日誌」とだけ記載されていた。
ラリアは一年をカムラと村で過ごしてきた。たった一年ではあったが、彼女が目指す魔法を否定しなかったのもまた彼である。然し彼女はカムラを知らない。彼女は村付近で倒れていた彼を村に連れ、家族を説得した。初めて見たカムラは明らかに異邦の人とわかった。恐らくは昨今偶に見る東洋人なのだろうと。だが救わない選択肢は無かった。何故だった等は彼女にわからない。使命感に似た一見下らないものが彼女を突き動かしたに違いない。
「いつかわかるかな」
彼女はそう呟いた。
読んで頂きありがとうございます。
第八話は明後日くらいになると思います。それからストックを溜めて一気に投稿、なんて手も考えるのでもしかしたら変わる可能性もあります。
読んでくださった方ありがとうございました、もし良ければブックマーク、若しくは評価のほどして頂けると幸いです




