ハールダムは直ぐに過ぎ去って
第三四話です
船の上の夜は揺れる中にあって、ラリアは中々寝付けなかった。寝中に揺れるというのは当然無い事、新鮮にして、慣れなかったのだ。甲板に上がり、空を見る。船から漏れる灯火の光が仄かに甲板を写し、やや不明確乍らも空を見る事が出来た。
空に浮かぶ星々が煌く。彼女にとって今を思えば、サウスアスチュートに住む様になってからは星を見る事は少なくなっていた。今見れば何とも綺麗な空ではないか、と改めて耽っていると、先客が既にいた事に気がついた。
(誰だろ…)
鳥が寄り付くも、次第にその影から離れた。そして影に近づいて、その正体に気付いた。
「カムラ!」
「ん…、あぁ、ラリアか。どうした、こんな時間に」
「それはカムラにも言える事だと思うけど?」
ラリアはそう言い、カムラは咳払いをすると、頭を掻いた。
「それも、そうか。どうだラリア、寝付けのだろ?」
「うん。寝れないや」
「こういう時オーダがいてくれりゃなぁ、なんか豆知識でも話してくれるんだけど」
「起こしちゃ不味いよ。折角寝てるんだから」
「それはそうだなぁ」
海面は暗く、目を凝らさねば見えない。だが吹く潮の香を乗せる風は言葉に出来ぬ風情を含んでいた。
***
船は遂にハールダム沿岸にまで到達し、残すところはあと四時間となっていた。朝焼けに照らされた海面が輝きを見せている。
「長いようで、短かかったなぁ」
「そうですね。でもここから本番なんでしょう?私は故郷が近づいてるのが嫌ですけど」
「オーダがそういうなら益々サッカバスに行きたくなっちゃうなぁ」
ラリアは悪戯っぽく言う。
「ラリアはいつからそんなサディスティックになったんだが。お兄ちゃんは悲しいわ」
「兄貴じゃないでしょうに!カムラも結構こういうところあるからね!」
「…マジ?」
カムラは傍のトルンガを見るがトルンガは明後日の方向を見つめている。
「知らんね、己の心に聞くがよい青年」
「誰も否定しないとかそりゃないだろうよ…」
トホホ、と肩を落とすカムラ。その時、海面が動き始めた。船の直下ではない、その向こう。赤黒い肉が海面と混ざり合うのをやめ、姿を現した。
「く、クラーケンだよカムラ!」
ラリアは喜ぶ。クラーケンの声であろうか、低い鳴き声が木霊している。だが、オーダもトルンガも、船員らもその顔は神妙だった。
「ラリアさん」
オーダがラリアに語りかけた。
「クラーケンが海面に姿を見せる時、それは死ぬ前の姿なのです。クラーケンが海面に姿を現してから一日以内に死亡する事がわかっています。だから、こう、あまり大きな声は出さない方がいいです。最期ですから」
クラーケンが触手を上げた。だが、低い唸り声も次第に小さくなっていく。
***
ハールダム。ニーダーランデ公国のハール川に接する港湾都市である。ベルギエンとはベネルクス同盟を組んでおり、軍事協定では無いにしろ、経済的な繋がりは強い。そしてここからアントウェルペン行きの船便も出ている。ヴィーラント帝国との繋がりがホーエンアウス帝国時代より強い故に、行き来もしやすい。
因みにガリア王国からであればプルーセンまで一直線であるがいかんせんガリア王国とアイヴァース連合王国では仲は悪く、ブルターニュ公爵領との関係もある為に長く公的な空便は疎か船便もない。ラリアはその為にサッカバス経由のルートを思いついたわけである。ただし、アントウェルペンからでもプルーセンには行く事が出来、サッカバスに行くのは彼女の嗜好に過ぎない。
一行はローゼンブルクにて降りた。ラリアにしろ、カムラにしろ、征州大陸側は初めての土地である。
「ここがニーダーランデか!そこかしこの文字もみなアウス語だな!」
「いえアウサス語もアウス語の派生言語ではあるんですけど…」
「オーダーの言語は?」
「私はアウス語ですね。無論ルーン語も無くはないですけど、ルーン語なんてエルフくらいしか使いませんし。私の祖母はそうですね、ルーン語話者でしたが」
「ここはオーダ、頼めるか?」
「毎回私になってませんか?…魅了魔法狙いで今まで幾度となく求められてきましたが純粋な交渉役は初めてですよ。しかも話せないからって…」
ブツブツ文句を言ってオーダは船便をするであろうニーダーランデギルドに向かっていく。
「今回ばかりは仕方ないと思わないかラリア」
「そうだよ、だってアウス語離せないもん」
「知ってるの無いのかアンタら」
「…うーんとだな、あ、ぐーてんたーくみたいな」
「挨拶だなそりゃ。しかもアウサス訛りがきつ過ぎる」
「私も知ってるよ!Heil Kaiser!」
「流暢だけどそれは貴族しか使わないな」
「え、そうなの?」
こうして三人は駄弁っているとオーダが返ってきた。
「チケットは取れるそうですが、二つ手段があります」
「二つ?」
「一つは直接スクブスに行くルート。一つは馬車でロレーヌを通って行くルート。船便は出ません。先日河川の氾濫があったそうで」
「それは残念」
ラリアは少しばかり思案し、言い切った。
「んじゃ直接かな」
「その場合はもうすぐ出る空中船に乗ります。少々高いですがここは諦めましょう」
アントウェルペンへのルートは無くなり、直接スクブスに行く事になった。無論こういう事もあるのが旅である。
読んで頂きありがとうございます!
ハールダムで長居するのもおかしいですし、直ぐに次に移動させちゃいました。でもスクブスはもうちょっといる予定ですし、待ってもらえば…では!




