オーダの休み
第十七話です。
その日、オーダはカムラとラリアが出かけると聞き、彼女は一方で別のものを探しに求めていた。オーダの出身であるサッカバス伯国はヴィーラントと近く、それ故に北部では印刷機の工業も盛んであった。彼女も故郷では印刷機を見てきた一人であり、彼女の趣味は新しいもの、それも文武の道具に強い興味を示すような人間となっていた。
彼女が二人と共に杖を買いに行かなかったのは昨晩ギルドにて新型印刷機なるものをギルドにあった張り紙から知った故である。当然、彼女は早朝から駅に向かい、アスチュートに行った。
車内で揺られる彼女の心は、今から見るという新型印刷機はどんなものなのだろうと想像すると期待して止まず、その浮つきを止められない、止めたくもなかった。
駅から降り、街を見る。アスチュートの町並みはやはりサウスアスチュートより遥かに未来的である。近郊にある工場群の煙も未来の街並みはみなこうなるという予感も与える。無論彼女にとってこの景色は見慣れたもので、この景色にあれこれと目を輝かせるのはラリアなのだろうとオーダは思っていた。
(行く場所は…産業奨励館ですか。少し遠い。鉄道を使いますか)
路面鉄道馬車に乗り込み、西区2番地へ向かう。車内の鉄道員にデナース硬貨を二枚渡す。
「新印刷機を見に行かれるんですか?」
「えぇ。楽しみにしていたのです」
「今日はよくそこで降りられる方が多くって」
オーダはその言葉に目を見開く。
「もうそんないらっしゃるんですか!?」
「えぇ。多い事多い事。もし体験試用されるならもうかなりいらっしゃると思いますよ」
時間になり、馬の歩みと共に鉄道を車両は走り始めた。その先にはアスチュート産業奨励館が存在し、まるで古代のクラシカルな印象を与える建物へ向かうのだ。
アスチュート産業奨励館はロンディニア産業博物館、マーシア産業奨励館に次いで大きなものである。新発明、ともなれば必ず産業奨励館で発表されるのである。殊昨今は発明が多く、いるものいらないものに関わらず展示される事がある。オーダが見たものには、表面張力なるものを利用した水道の止水機能弁、衝撃によって発破する火薬、魔石を使った動力による自動電気鉄道。然しどれもこれも不完全であったのは彼女が実際に見たものであった。
車両はアスチュート産業奨励館前に到着した。建物はガラス張りの屋根に、嘗て地中海にあったとされる神殿を思わせる入り口であった。
中に入れば、彼女を出迎えるのは天井と足元にある大仰至極のステンドグラスであり、上には白、赤、青、緑等々で誂えられ、赤と黒のステンドグラスが誂えられていた。何を意識し誂えられたのかは容易に誰もが理解るであろう。煉獄と天国。わかりやすいモチーフが中へ入る客を持て成すのだ。
(久しぶりに来ました…前に来たのはいつだったでしょうか?
半年前だった様な気もします)
正面の階段を登り、二階の広間へと入っていく。小物類はここで展示されるが、その部屋への入口は既に幾人もの人が集っていた。
並び、徐に人集りは中へ中へ入っていく。部屋に入り、群衆の隙間からオーダはそれを見た。そこに置かれるのはピアノを一回り小さくした様な大きさを有する機械。椅子と、その前に鍵盤の様な盤が置かれている。魔力で目を凝らし、見るとそこには文字が書かれていた。一見して、ピアノが如くの機械。これのどこが印刷機だとでも言うのか。群衆はそれぞれ口にする。然し、それは失望の声に非ず。寧ろその外観は印刷機を超える何かだ、感じ、一部はそれが何かまでもを察し始めた。間違いない、これは革新だ、と。
奥から男が現れる。剃り残り故の青髭を持つその男は、群衆に向けて言葉を綴り始めた。
「ようこそ!皆さん!今日は皆様に私の発明を是非ともご覧に入れたく!お金を払い、大々的な広告を打たせていただきました!
ではご覧下さい、コチラが私の発明した新型印刷機です!…ですが、皆様の想像される様な印刷機などではございません。インクを使うまでは同じ。然し、この盤を叩くだけで、文字が、打てます!打つんです。タイプライト!これが製品の名前です!」
群衆が聞いた。
「どんなものか、触れると聞いたが!?」
発明家は自信たっぷりに応えた。
「えぇ、どうぞどうぞ!是非、この機能を体験していただきたい。自信がありますからね」
***
全員が打てるわけではなかった。そこから選ばれた幾名かがそこに文字を綴っていく。そしてその選ばれた内に、オーダはいた。カチャカチャと音を立てて打つ様は音さえ無ければピアノを弾いているように見える。インク台はかなり大きいが、盤を叩く度に、紙に字が現れていく。
「はい、そこまで」
婦人が一頻り打つと発明家が止めさせ、次の男に移る。婦人の書いた文は簡易な詩であったが、落ちる事なく、打てていた。
男は足元のペダルを踏む。すると紙が上にいった。左のペダルを踏めば、字と字の空間が作られた。男はおお、と声を上げると、短な時間にそのタイプライトの感想を書いた。そして発明家に渡す。オーダには何が書いてあるか等、知る由も無ければ、知るべき由も無いが、発明家は男に、礼を伝えていたのを見て、きっと悪評では無いのだと誰もが知る事が出来た。
「どうぞ」
オーダの番になった。
「えぇ、では」
オーダは席に座る。説明無しとはいえ、ざっくりとは説明された。盤を叩く。全て小文字である様だが、使い心地は実に良かった。ピアノもある程度弾く彼女は試しにと両手を使ってみた。
(私も感想を書きましょうか)
オーダはそこに、タイプライトの使い心地や、その便利さを次々と打っていく。かなり激しい使い方に、タイプライトの打ち機が詰まってしまった。
「あ…」
オーダは声を上げるが、発明家は指でこれを外すと、直しました、と言った。それを信じ、盤を叩くと、タイプライトは再びスムーズに打ち始めた。
オーダは打ちやすさや、その仕組みの質問を作り、発明家に渡した。
「ありがとうございます。とても良い発明だと思います」
「ありがとうございます。そう言ってくださる方が一人でも多くいらっしゃる事が生きがいです」
「謙遜なさらず。本心からですよ?」
「では益々」
オーダは発明家に礼を言う。身なりを見ながらではあったが、その身なりは服こそ良けれ、乱れた格好と、剃り残しのある髭は何も知らない人から見れば浮浪者だとでも思うに違いない。殊発明家なる者達は押し並べてこの様な様を見せる。冒険者とてその格好の乱れ具合は負けていないが、土臭い冒険者の仕事に比べて発明家もそれほど土臭いものなのだろうか、とオーダは思ってしまう。口にする事こそ、無かったが。
発明家の作った物はやはり、その場にいた人々の目に止まったが、特に勢いがあったのが新聞社であった。昨今仕事が増えつつある新聞社は、アイヴァースギルドの新聞部を始めとし、最新器具、壊れ難さ、そして何より、個々人の癖が反映され難い字体を作れる点で、画期的と考えられた。
無論ここでは発表するのみであり、買うものではない。発明家はここで観客の反応を知っておく為の場である。然し、誰もの目を見ても有用となれば、どこもかしこも先に先にと導入の約束をするのである。
冒険者ギルドも当然欲しがった。担当がつく冒険者の場合、このタイプライトであれば手書きより遥かに早く資料を纏める事が出来る故であった。そして大抵の発明家はここでその声に応じる。だが、今日は違った。
「皆様の声に応えたいのは山々なのですが、まだ、完成していないのです」
発明家は続ける。
「実は、より小さなものも試作しております」
発明家は奥にあった布で隠されたものを前に出すと、布を取り払う。大きさは、先のより、より小さく、そして軽そうに思えた。
「ですが、まだ耐久性がなく、先程女性が詰まらせましたが、これが詰まると、打ち手が折れてしまうのです。
将来的にはこれを持ち運び出来る機器として販売したく…」
発明家の声を遮る声がところどころで聞こえ始めた。
「何が足りない?資金か?」
「工場と開発資金ならヴィーラントギルドより10アーレスは多く払える!」
「20万ペルニヒならどうだ、払えるぞ!」
「80万リーヴルはどうか!?」
四方八方から聞こえる声に、発明家は頭を掻くが、喉を鳴らし、落ち着きを見せる。
「皆様の声は誠にありがたく思います。ですが、今回はあくまでも、このタイプライトの試作を体験し、この使い様を周知していただきたかったのでありまして」
だが、声が止む事は無かった。発明家は仕方なく、その各社に対応し、他の観客は部屋からの退出を求められた。オーダはあの小型のタイプライトはとても壊れそうには思えなかった。恐らくあの打ち機の指、と言える箇所は骨が使われている様に思えた。それも、モンスター、強いモンスターに思える。恐らく、否十中八九は竜種の骨であろうと想像する。ただ、オーダにはそれ故に、試作の意味も理解できた。竜種の骨は希少であり、そうは見つからない。鉄はあまりに細いと撓り、アダマントは重過ぎる。オリハルコンは安価だが、そもそも撓む事を想定する金属なので論外と言える。すると合金の鉄となるが、こちらは個人調達は困難であった。となれば、彼も開発資金が欲しい筈だが、そこまで強欲で無いことは容易に感じ取れた。
***
館外に出る途中、小さな展示室を見つけ、彼女は足を止めた。
正方形のガラスケースの中に、一見するとただ土としか思えないものが置かれていた。オーダはそれを観察する。土がやや動いた様に見え、さらに目を凝らす瞬間、空気の流れの変化を感じ、背後を振り向いた。
そこには黒い紳士服に身を包んだ男がいた。白い髭を生やし、珍しい眼鏡をかけている。
「どう…されましたか?」
「いえ、ただの土に見えたもので。何故あるのかな、と」
老紳士は、喉を唸らせると、答える。
「これはユーバーレステシュタットから持ち込んだズューデン洞窟遺跡、その第十二層から持ち込まれた土です。貴重なものなので展示に、と」
「余り公表しているようには思えませんが」
「え、えぇ。…まぁ」
老紳士は言葉を詰まらせる。何かを隠している様に感じられた。怪しいとも思ったが、然しオーダは楽しみに来たのだ。浮ついた気分を抑えたくないと、感じ、追及をする気も起きない。
ただ一点。オーダにはどうしても、気になる事はあった。
老紳士が隠したノート。そこに見慣れた文字が見えたのだ。特徴的な、癖のある文字。無論彼女の知る文字とは違う。より小慣れている。筆記体だ。然し、その単語の一文字一文字は、カムラの書く文字に似ている様に感じた。
読んで頂きありがとうございます!
今回は早くに書き終わり、投稿するに至りました。次回も継続しないとですね。では、また明後日。




