金は払うぞ
ベンチで缶ビールをちびちびやりながら、蒼は、じいさんたちの動きを、なんとなく目で追っていた。
四人は、ほとんどじっとしていない。にこにこ飲んでいるかと思えば、ふらりと立ち上がって、屋台のあいだを見て回る。そして、ときどき、妙なことをした。
ひとりが、から揚げの屋台の前で足を止めた。揚げたての山を、にこにこと覗き込む。それから、ひとつつまんで、ぽいと口に入れた。
「ふむ。なかなか曲者じゃのう。中まで火が通っとらん」
もぐもぐと、いかにもうまそうに咀嚼して、飲み込む。それから、屋台の親父に、ちゃりんと小銭を置いた。
「これは食ったるからの。金は払うぞ」
親父は、慣れた様子で「いつもすまねえな」と笑っている。蒼には、何が起きたのか、よくわからなかった。生焼けだったのだろうか。けれど、じいさんは、平気な顔で次の屋台へ歩いていく。腹を壊した気配は、まるでない。
べつのひとりは、たこ焼きの屋台で、油の鍋をしばらく見ていた。
「のう、そろそろ油、変えた方がええのう」
「あ、はい、そうします」
言われた若い店員が、素直にうなずいて、油を取り替えはじめる。じいさんは満足げに、「うむうむ」とほっぺを揺らした。
また、べつのひとりは、かき氷の屋台で、にこにこしながら首をかしげる。
「のう、手はちゃんと洗っとるか?」
「……あ、洗ってきます」
店主が、ぱたぱたと手洗い場へ走っていった。
蒼は、缶ビールを持ったまま、ぽかんとしていた。なんで、みんな、言うことを聞くんだろう。ただのちっちゃい酔っぱらいのじいさんが、ぽろっと一言いうだけで、屋台の大人たちが、当たり前みたいに従っていく。逆らう人間が、ひとりもいない。
気づくと、ベンチの仲間が、いつのまにか増えていた。
緑色の、ぬめっとした肌の何かが、きゅうりをかじりながら、じいさんたちに混じってビールを飲んでいる。不忍池の河童だった。祭りだからと、わざわざ出張してきたらしい。その隣には、いつ座ったのか、頭の長い、のっぺりした年寄りが、当然のような顔で杯を傾けている。誰も、追い出そうとしない。
「ぬらりひょんさんよ、今日もええ飲みっぷりじゃのう」
「……うむ」
頭の長い年寄りは、それだけ言って、また飲んだ。蒼は、もう、いちいち驚かないことにした。上野の夜は、だいたい、こういうものだった。
それでも、さっきの屋台のことが、頭から離れない。傷んだものを食べて、金を払う。油を変えさせる。手を洗わせる。にこにこと、楽しそうに、けれど、確実に。
あれは、ただ酔っぱらっているのとは、ちがう。蒼の耳の奥で引っかかっていたものが、だんだん、形になりかけていた。




