好きにしな
じいさんたちの宴会は、いっこうに収まる気配がなかった。くらは水しか飲まないくせに誰よりもうるさく、玉藻前はじいさんたちにおだてられて上機嫌で、四人のじいさんは神社の名前で言い合いながら、際限なく杯を重ねていく。
蒼は、いつのまにか、姐さんの隣に流れ着いていた。
騒がしいのが、どちらも苦手な側の人間だった。蒼が口下手なら、姐さんは、そもそも口数が少ない。二人とも、騒がしい輪からは半歩外れて、ただ黙って、それぞれの皿をつついている。
その、沈黙の中で——蒼は、気づいた。
姐さんから、音がする。
声を出しているわけではない。動いているわけでもない。それなのに、この人の周りには、低い、深い音が、絶えず鳴っていた。喧騒のいちばん下のほうから、地面の底を通って響いてくるような。洞窟の奥で、水が一滴ずつ落ちているような。古い。蒼が今まで録ってきた、どんな音よりも、ずっと古い音だった。
気づいたときには、体が止まっていた。箸も、息も。手が、鞄のレコーダーへ伸びかける。
けれど、そこで止まった。どうせ、録らせてはもらえない。くらも、玉藻前も、神様はみんなそうだった。いいものに限って、録らせてくれない。蒼は、伸ばしかけた手を、引っ込めようとした。
「録りたいのか」
姐さんが、ぐい呑みを傾けたまま、ぽつりと言った。蒼のほうは、見ていない。
「……あ、いえ」
「録りたいんだろ。顔に出てる」
今日も、誰もが蒼の顔から考えを読む。蒼は、観念して、小さくうなずいた。
「……録音、していいですか」
言ってしまってから、いつもの拒絶を待った。録んなよ。だめ。そういう、短い否定を。
姐さんは、しばらく黙っていた。それから、ぐい呑みを置いて、初めてまっすぐ蒼を見た。黒い目だった。
「……好きにしな」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「……いい、んすか」
「録られて減るもんでもない。古いだけだよ、あたしは」
なんでもないことのように、姐さんは言った。蒼は、半分信じられないまま、震える指でレコーダーを取り出した。録音ボタンを押す。
レベルメーターが、静かに、けれど確かに振れた。喧騒の底で鳴り続ける、あの古い音。今まで、どれだけ手を伸ばしても録れなかった、神様の音が、初めて、蒼の機材に降りてきた。
胸の奥が、じん、と鳴った。
姐さんは、もう蒼のほうを見ていなかった。また、淡々と濁り酒を飲んでいる。録らせたことなど、すっかり忘れたような顔で。
「……ありがとうございます」
蒼は、小さく言った。返事は、なかった。けれど、嫌がられてはいない。それだけは、なんとなく、わかった。




