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逆さまの葬儀師カリン  作者: 黒糖あずき
霊子カルテ No.1 イングリッド・ヴァンス

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7/8

07

「かなり前からだわ、これ」


 手紙によっては端が陽光を浴びた稲穂のような黄金を湛えているが破れた場所など一箇所も見当たらない。年月に比例しない状態を見れば、どれほど大切に保管されてきたかがよく分かる。


「…………。」


 カリンは手元の手紙に視線を落とし、考えを巡らせた。

 お手本のような綺麗さはないが、たどたどしいながらも慈しむように綴られたイングリッドの愛称を指でなぞる。


「読むのは……」


 本人の断りなく読むなど、況してや誰の目からも晒される事のないようにひっそりと宝箱のように隠されていたものを暴くなんて、カリンの倫理観が許さなかった。

 悩んだ末に、冥府より持参したブリーフケースから黒革のバインダーを取り出す。


「これだわ」


 カルテを埋め尽くす冥語を指でなぞり、見つけ出した彼女の幼き日の足跡。

 カリンは確信を胸に執務室を出て、階段を下り、変わらず管を巻く寝ずの番たちが居る広間の前を通り過ぎて最後、屋敷を後にした。


「ひえるわね」


 街灯の灯りがぼんやりと薄明の時間を繋ぐ。


《この街の善良なる市民たちよ!》


 一定のリズムで低く重いベルの音が響いた。

 ベルマンが青銅のハンドベルを鳴らしながらまだ朝日が昇る前の暗澹(あんたん)とした街を闊歩している。


《イングリッド・ヴァンスが神に望まれ天に召された。葬儀は明朝十時より。参列をご希望の方は定刻までにセントラン教会へ足をお運びくださいますよう!》


 静けさを切り裂く鈍い音に夢から覚めた住民たちが好き勝手言う。


――あぁ、しつこい。

――誰があんな女の葬儀になんて参加するんだか

――だが、知ってるかい?


 周りを警戒しながら顔を寄せ合い、下賤な想像と詮索に目をギラつかせている。


――え! それは本当かい?

――あぁ、醜い争いさ

――それはちょっと興味が湧くかもねぇ


 平民と言えど、少しばかり裕福な家庭が多いこの街は人の揚げ足取りが好きな人間が多い。

 どうすれば相手を蹴り落とせるか、そんなことを考えていることが明け透けだ。


(今日の友は明日の敵――。てね)


 つまるところ、民層が悪い。

 そして、余所者への警戒心もピカイチだ。

 なので当たりは勿論強い。


「どうも、おはようございます。マダム」


 カリンは時計の針が動き始めた街で情報収集を始めた。


「なんだいアンタ」


 声を掛ければ、予想通り煩わしさと警戒心を隠すことなど微塵もない表情と回答が返ってくる。


「いやぁ、突然申し訳ない。(わたくし)こういうものでして」

「遍歴医ぃ?」

「えぇ。ここはお医者様はいらっしゃる様ですし、長居はしませんがお薬がご入用でしたらどうぞよしなに」


 手に持っているドクターズバッグとブリーフケースを掲げ、名刺を渡せば相手は途端に警戒を解く。


「女で遍歴医なんて変わってるねぇ」

「職業婦人だなんて、まだまだ肩身が狭いだろう」


 受け取った女が物珍しそうに眉を上げ、それを覗き込んだ隣の女も面白いものを見つけた子供のようにカリンに興味を示した。


「あ! あんた。イングリッドみたいにはなるんじゃないよ」

「イングリッド……と言えば、先程の――」


 少し促せば、噂話と自身の憶測と実際の話をある事ない事ごちゃ混ぜに話し始める。


「そうそう、一週間前に死んだんだけどね?」

「違うわよ、あれは五日前。聞くかい? あの女、財産を独り占めして身内にさえ、自分の内を見せないことで有名でさ」

「チラリと会ったことあるけど、人を見下したようなあの目付きがねぇ……」

「なんでも、自分の右腕だった人さえ、簡単に切り捨てるとか!」

「あぁ! 私も知ってるよ。とあるホテルを建設しようとして激昂したとか何とか」

「そうそう、それだよそれ」

「手柄を取られるのがそんなに嫌かねぇ」


 黒髪黒目、顔の凹凸が少ないカリンの容姿は彼らにはとても幼く見えるので、それがなかなかに武器になる。

 人間、自分より弱そうなものには警戒心が働かないものだ。


「しかも! 面白いのが、あの女、どうやらファウンドリングらしくてね?」

「えっ、ということは、身内って言うけど実際には違うってことかい?!」

「死んだ日にゃ悲しげに触れ回っていたけどさ、絶対内心喜んでるね」

「あのごちゃごちゃ揉めてるのも、他人の金を取り合ってるってことになるじゃないか!」

「そうそう、死因不明とか言うけど、あれは殺されたんだよ、きっと。私はそう踏んでる。いい筋いってると思うよ~」

「まぁありゃ、恨み買う顔してるもんねぇ」


 どの時代もどの世界も、人の不幸は甘い蜜らしい。

 同調するように嫌に響くハンドベルの音が耳にへばりつく。


「とりあえず、人に嫌われるような人間にはならないように――って、」

「あれ、どこ行った?」


 二人が噂話に夢中になっている間に、とうにカリンはその場を去っていたのだった。しかし、余りにも気配なく消えたので女たちは目を丸くした。手に納められていた名刺が初めからそこに何も無かったかのように形を無くしたことにも気が付かないまま……。


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