表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/51

第49話 それでも、世界は続く

 翌朝、王宮は静かだった。


 昨夜の騒ぎが嘘のようだ。廊下の壁に砕けた跡がある。石が散らばっている。修繕の職人たちがすでに動き始めていた。


 城内の狂戦士(きょうせんし)は全員制圧済み。城下も収まった。ヴィクトルは独房(どくぼう)幽閉(ゆうへい)されている。目が開いたまま、何も(しゃべ)らない。何も喋れない状態だ。

 アルドは宿に戻って、朝まで眠った。


 起き上がったとき、腰が「約束だぞ、我が友」と言ってきた。

(わかっている。今日はゆっくり休む。約束通りだ。暴君(ぼうくん)ディオニス、何するものぞ)

 腰が「本当だな?」と言ってきた。

(本当だ。嘘だったら俺を思いっきり殴ってくれ。我が友セリヌンティウスよ)



 昼前、広間でガイウスの姿を見かけた。

 ガイウスが何人かの貴族に囲まれていた。口々に「伯爵(はくしゃく)」と呼ばれている。ガイウスが呼ばれるたびに、わずかに背筋が伸びる。照れている。

 意外と、褒められ慣れていないんだな、あのおっさん。


 クロードが隣に立っていた。

 いつもなら「おいたわしや……旦那様(だんなさま)……」と目を閉じているところだ。

 今日は違った。

「……おめでとうございます、旦那様」

 ガイウスが振り返った。クロードを見た。


「……クロード」

「はい」

 ガイウスが少し目を赤くした。

「私は……やっと、認められたのか?」

「とっくに認められておりました。旦那様が気づいていなかっただけでございます」

 ガイウスが「そうか」と言った。それだけだった。


 このおっさんたち、本当にいい関係だな。

 アルドはそう思ったが、黙っておくことにした。



 夕方、エリシアに呼ばれた。

 案内されたのは小さな部屋だった。窓から王都が見える。静かだ。誰もいない。二人きりだ。

 エリシアが窓の外を向いていた。アルドが入ってきても、すぐには振り返らなかった。


 しばらく、何も言わなかった。

「終わりましたね」

 エリシアが言った。

「ああ」

 また少し間があった。


「……ありがとうございます」

 静かな声だった。

「礼はいらない」

「受け取ってください」


 エリシアが振り返った。(めずら)しく、(ゆず)らない目だった。

 いつもの毒舌(どくぜつ)でも、ツッコミでもない。ただ()()ぐな目だった。

 アルドは少し考えた。

「……わかった」


 エリシアが小さく息をついた。

 それから、(ふところ)から一通の書状を取り出した。

「これが、私のお礼です」

 受け取った。


 王家の紋章(もんしょう)が押してある。アルドの名前が書いてある。その下に——爵位(しゃくい)が書いてあった。

(……子爵(ししゃく)

 アルドは書状を見た。それからエリシアを見た。


建国初(けんこくはつ)の、子爵叙勲(じょくん)です」

 エリシアが言った。「本来なら騎士爵(きししゃく)か、よくて男爵(だんしゃく)のところを——今回はそれだけ大きな功績を上げていただきましたので。父にも認めさせました」


(認めさせた、か)

 アルドは書状をもう一度見た。


(この女、何かを考えている……?)

 絶対交渉権を走らせた。エリシアの内側を読もうとした。


 欲望の輪郭(りんかく)が、ある。ただ——読めない。いや、途中までは読めるが——その奥に、何かがある。層が、思いの(ほか)、深い。

 俺との関係を、より強固にしたいということだけは分かるが……


(……何を考えている?)


「難しい顔をしていますね?」エリシアはにっこりと言った。

「いや」

「嘘ですね」

「……少し考えていた」


 エリシアが窓の外に視線を戻した。口の(はし)がわずかに動いた。笑っているのか、笑っていないのか、わからない表情だった。

「難しく考えなくていいです。ただのお礼ですから」


(ただのお礼、ね)

 アルドは黙っておくことにした。エリシアの思惑で()()()()()()()()()について。



 少し間があった。

 エリシアが窓の外を見たまま言った。


「また、来ますか?」

「用があれば」

「……嘘ですね」

 アルドは少し考えた。


「ああ、嘘だね」

「呼んでも来なかったら、不敬罪(ふけいざい)打首(うちくび)にしますね」


 エリシアが振り返った。アルドを見た。何も言わなかった。

 ただ、目が——言葉より先に、何かを語っていた。


 アルドも何も言わなかった。

 それで十分だった。



 夜。

 アルドは宿の窓から王都を見ていた。

 灯りが散らばっている。静かだ。騒ぎが収まった王都は、何事もなかったように動いている。


 書状を手に持っていた。子爵。

(俺が子爵か。人生、何があるかわからんな)


 腰が「感慨(かんがい)(ひた)っていないで休め、我が友よ」と言ってきた。

(ちょっと待ってくれ)

 絶対交渉権を、ふと走らせた。

 特に理由はなかった。ただの(くせ)だ。王都の空気を読む、いつもの習慣だ。


 その瞬間——何かが、引っかかった。


 遠い。王都の(はし)よりも、もっと遠い。輪郭(りんかく)(つか)めない。欲望の形が、読めない。

(……何だ?)


 アルドは目を細めた。

 宰相の奥に、何かいる。宰相のヴィクトルが傀儡(かいらい)に過ぎなかったとしたら——その糸を引いていた何かが、まだどこかにいる。


(まだ終わっていないのか……)

 アルドは静かに(つぶや)いた。

 王都の灯りが、(ゆれ)れていた。



 腰が「今度こそ休め」と言ってきた。

(……ああ。今夜は休む。今の俺は約束を守る男、メロスタイムだ……)

 アルドは窓から離れた。


 書状をしまった。

 まだ先があるのか。それなら、それでいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ