第48話 それぞれの決着
城門の前は、惨状だった。
兵士が何人か壁に叩きつけられている。立ち上がれない者もいる。城門の衛兵だったはずの二人が、オーガのような体躯になって暴れ回っていた。通常の兵士では歯が立たない。城内の狂戦士と同じ様子だった。
ガイウスが走り出した。
「旦那様!」
クロードが追いかけながら叫んだ。ガイウスは振り返らなかった。
狂戦士の一体が、腰を抜かして動けない兵士に向かって丸太のような腕を振り上げた。
ガイウスが滑り込んだ。帯刀でその腕を受け流した。
流れるような動きだった。力で受けていない。相手の勢いを、角度を変えて逃がした。狂戦士が大きく体勢を崩した。
(さすがは旦那様……見事なパリィでございます……)
クロードの胸が熱くなった。それと同時に体が動いていた。体勢を崩した狂戦士の眉間に、次いで喉元に、短剣を突き入れた。狂戦士が崩れ落ちた。
ガイウスが振り返った。
「クロード、見事な手捌きだ。さすがは私の片腕だ」
「恐悦至極にございます」
周囲の兵士が、呆然と二人を見ていた。女官が一人、息を飲んでいた。それから——歓声が上がった。
クロードは気づかなかった。主人の変わらぬ勇姿に、胸が熱くなりすぎていた。
(旦那様……今まさに旦那様は物語の英雄そのものです……)
普段は微動だにしない顔が、緩んでいた。ニヤけていた。
「クロード!腑抜けているぞ!」
「失礼いたしました!それではこの老骨、粉骨砕身の所存で参ります!」
「お前は私と同い年ではないか!私はまだまだ若いつもりだからな!」
ガイウスが残りの狂戦士に向かった。クロードが並んだ。
二人は息を合わせて、城下に散った獲物へ向かった。
城内では、シャルが動いていた。
近衛騎士団と連携して、廊下に乱入してきた狂戦士を抑えていた。数は減っていた。近衛騎士団が踏ん張っている。シャルの剣が一体の足を払った。倒れた瞬間に近衛騎士が、急所の喉元や首筋を刺した。
「残りは任せた!」
シャルが言った。近衛騎士が 頷いた。
エリシアは広間の奥で近衛兵に囲まれていた。無事だ。
シャルは廊下を走った。アルドの方へ。
廊下の突き当たり。
アルドとヴィクトルが向かい合っていた。
ヴィクトルは完全に変貌していた。肩幅が広い。首が太い。目が赤い。ワクチンで意識は保っているが——体は狂戦士と大差ない。
アルドが発勁を打ち込んだ。空気が鳴った。ヴィクトルが一歩下がった。
一歩だけだった。
ヴィクトルが拳を振った。アルドが横に跳んだ。壁が砕けた。
(力が違いすぎる。発勁を当て続けても削りきれない)
合気道で流した。腕を取って、壁に誘導した。
ヴィクトルが壁を砕いて止まった。すぐに振り返った。
(決定打が入らない)
アルドは息を整えた。
(どこかで隙を作る。一瞬でいい)
廊下の奥から、足音が聞こえた。
シャルだった。
アルドとシャルが一瞬、目を合わせた。それだけで伝わった。
アルドが動いた。
ヴィクトルの正面に立った。絶対交渉権を走らせた。動きのパターンが見えている。次の一手が見えている。
ヴィクトルが踏み込んできた。
アルドは合気道を使った。腕ではなく——気を使った。流れを読んで、ヴィクトルの重心に干渉した。
ヴィクトルの体が、一瞬だけ止まった。
シャルが走り込んでいた。背後から、布をヴィクトルの目に巻きつけた。
ヴィクトルが「何を——」と言いかけた。
シャルの手が、静かに、ヴィクトルの肩に触れた。
その瞬間。
ヴィクトルが絶叫した。
廊下に響いた。全身が震えた。体から力が抜けていった。二秒、三秒——崩れ落ちた。床に膝をついた。肩で息をしていた。狂戦士化の効果も薄れていた。体が、元に戻りつつあった。
何時間にも及ぶ拷問……
両手、両足の指先に今も感じる耐え難い痛み。
身体の至る所で感じる。
切り刻まれ、火で炙られ、抉られる、激しい痛み。
前世のトラウマ。強烈なフラッシュバック。
ヴィクトルが、恐る恐る顔を上げた。女だった。目の前にシャルがいた。
シャルの目が、冷たかった。あの表情。
ヴィクトルの顔に、恐怖が走った。
「ま、まさか……さ、さささ、サディスティックおおおおかオカおか——」
「あー…」
シャルが少し目を細めた。
「……嫌な私の『昔の二つ名』、思い出しちゃったじゃん……」
一拍置いた。
「ムカつくからもう一発」
シャルの手が、もう一度触れた。
「マああああああああああえああえあえああああ!!!」
断末魔が廊下に響いた。
それから、静かになった。
ヴィクトルが床に倒れた。目が開いたまま、焦点が合っていない。震えが止まらない。声が出ない。
廃人だった。
シャルが立ち上がった。布を畳んだ。手帳をしまうような、何でもない動作だった。
「……終わったな」
アルドはヴィクトルを見た。
(……そうか。これで終わりか)
腰が何か言ってきた。
(わかった。わかった。約束通り、後でゆっくり言わせてやる)
城下も、収まりつつあった。
ガイウスとクロードが戻ってきた。城下の狂戦士は二人と高ランク冒険者たちが片付けた。ガイウスの服が少し破れていた。それだけだった。
王宮の広間に、全員が集まった。
王がガイウスを見た。
「レンフォード子爵。今日の働き、見事であった」
「はっ!実はこれには私が若い頃に——」
「旦那様」とクロードが静かに言った。
「……わかっておる。一つだけなら……」
「旦那様。王の御前ですので、どうか……」
クロードが目を閉じた。ただ今日は——その目の端が、わずかに緩んでいた。
王が続けた。
「その功績を讃え、レンフォード『伯爵』として陞爵を命ずる」
広間が静まり返った。
ガイウスが固まった。予想外だったようだ。
それから、目が赤くなった。
「……旦那様」とクロードが小声で言った。
「これでお拭きください」
「泣いておらん!……目に埃が入っただけだ!」
(このおっさん、本当にいい奴だな)
アルドは心の中で、そう呟いた。
シャルの肩が、静かに動いた。
全てが収まった。
アルドは廊下の窓から、夜の王都を見た。灯りが散らばっている。騒ぎは収まっている。静かだ。
(ようやく終わった)
今度は本当に、そう思えた。
(長かったな。まあ——)
腰がまた何か言ってきた。今度は強めに。
(わかった。今夜はゆっくり休む。約束する)
腰が「今度こそ約束だぞ、メロス」と言ってきた。
(わかった、我が友、セリヌンティウス)
アルドは窓から離れた。
悪くない、と思った。




