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第50話 腰は激怒した

 夜だった。

 アルドとシャルが二人きりだった。


 特に何かがあったわけではない。事後処理も落ち着いた。王都も静かになった。ただ、まだやり残したことが一つあった。

 シャルとの約束だ。


(なんでもするから、と言った。俺ができる範囲のことで、と言い直したが……言質(げんち)は取られている)

 アルドはシャルを見た。

 ふと、絶対交渉権を走らせた。


 その瞬間——

(……なんだこれは…!?)

 シャルから今まで見えなかったものが、見えた。



 劣情(れつじょう)愛情(あいじょう)信奉(しんぽう)隷属(れいぞく)服従(ふくじゅう)承認欲求(しょうにんよっきゅう)渇望(かつぼう)執着(しゅうちゃく)偏愛(へんあい)。それだけではない。もっと深いところに、もっと濃いものが渦巻(うずま)いている。全部、アルドに向かっている。全部、アルドだけに向いている。…ってかこれデバフとか(のろ)いとか、バッドステータスの(たぐい)じゃないのか?

(気持ち悪くなるくらいに、俺への(おも)いが強い……)


 胸焼(むねや)けというか、吐き気というか。内容が分かった途端(とたん)に、胃の辺りがむかむかしてきた。これ、多分相当苦しいよな…悶々(もんもん)としている状態…気づいてやれなくて申し訳ない気持ちもある…だが


(……これは、今の今まで、見えなくてよかった。ルーチェが言ってたのは、これのことだったのか)

 目の前には年下の健康的な美人がいるはずだ。

 ただ、今、この瞬間、アルドの目には——どこかのヤリサーのチャラ男のような輪郭(りんかく)(うつ)っていた。

 どんな手を使ってでも今夜手籠(てご)めにするぞ、という気迫が(にじ)み出ているクズでゲスなチャラ男が。このまま(おそ)われるパターンもいいが、多分それだとシャルは事後、罪悪感と後悔を持つだろう…仕方ない。俺が「悪者になって」肩代わりしてやるか…


(……まあ、元々、見た目はかなり俺好みなんだが)

 アルドは前世の「スケコマシモード」を思い出すことにした。


 シャルが口を開いた。

 少しだけ間があった。珍しい空気だった。計算した言葉ではなく、()の言葉を選ぼうとしている間だ。


「……お願い事なんだが」

「ああ」

「今晩だけでいい」


 またわずかに間があった。

「……()()してくれ」


 シャルにしては大胆(だいたん)なことを言ってしまったと思っているのだろう。耳が少し赤い。目が泳いでいる。「ただ、一緒に寝てくれ」とだけ頼んできたのだ。

 これ、多分そのままOKすると、結果シャルが(おそ)ってきて、事後にシャルが罪悪感(ざいあくかん)でいっぱいになってしまう結果になるのは想像に(かた)くない、というかプリン並みにやわやわイージー百パーそうなるだろ。


 いい男ってのは、女にちゃんと言い訳を用意してやるもんだ。男の手練(てれん)手管(てくだ)で、強引に(さそ)われたから仕方なく…という言い訳を。


 アルドは少し考えた。

 前世で読んだクズな主人公の漫画に出てくるとある班の班長(はんちょう)さんのセリフが浮かんできた。

 あいつも確か、前世で読んでるから、すぐ元ネタわかるだろ。


「フフ……」

「な、なんだ?」

「へただなあ、シャルくん」

「……は?」

「へたっぴさ………欲望の解放のさせ方が下手…」

 シャルの顔が変わった。


「なっ……!」

「シャルが本当に欲しいのは……こっち」

 アルドはシャルの唇を重ねた。

「んっ!」

 シャルが固まった。

 アルドはシャルの体を引き寄せて、耳元で囁いた。


「これをレンジでチンして……」

「チンして!?」

「ホッカホッカにしてさ……」

「ホッカホッカに……」

「冷えたビールでりたい……だろ?」

「ヤリ……たい……」



 シャルの頭は、もう働いていなかった。自分の爆発寸前の劣情(れつじょう)妄想(もうそう)と、アルドの悪戯(いたずら)に完全に翻弄(ほんろう)されていた。


 アルドが前世の漫画のネタを、ただ言っているだけなのに、シャルにはアルドが、(すこぶ)卑猥(ひわい)に、(みだ)らに(さそ)ってきているようにしか聞こえなかった。

 ちょっと思ってた反応と違うな。まあ、いいか。


 アルドは続けた。

「せっかくスカッとしようって時にその妥協(だきょう)(いた)ましすぎる。そんなんでただ一緒(いっしょ)にグースカ寝ても悶々(もんもん)とするだけ。嘘じゃない。かえってストレスを(かか)えたまま。食えなかった俺がチラついてさ……全然スッキリしない……心の毒は残ったままだ、自分へのご褒美(ほうび)の出し方としちゃ最低さ…」

「あうあう……」

贅沢(ぜいたく)ってやつはさ……小出(こだ)しはダメなんだ。やる時はきっちりやった方がいい」


 アルドはシャルを見た。真っ直ぐに。



「もう一度聞く、シャル。お前が本当に俺にしてほしいことはなんだ?」

 シャルがチラッとアルドを見た。そしてアルドの耳元で、小さく囁いた。


「×××(あまりに卑猥(ひわい)な誘い文句なので自主規制)×××」


(……俺の腰、すまんな。あとで好きなだけ、俺をぶん(なぐ)ってくれ)


「俺の女になれ、シャル」

 アルドは再び、シャルの唇を(うば)った。さっきよりも強く、深く。

 シャルもそれに呼応(こおう)するように舌を出した。


 シャルは前世を含めた幾星霜(いくせいそう)(おも)いを、この夜、アルドにぶつけた。何度も、何度も。


 そして、腰は激怒(げきど)した。



 翌朝だった。

 部屋に光が入っていた。

 ルーチェが現れた。

 アルドが目を開けた。隣でシャルがまだ眠っている。それからルーチェを見た。


「お前、俺以外の前には出てこないルールじゃなかったのか?」

「別にそんなルールはないわ。ただ、シャルの前にはもう出てきていいと思ったから」

「どういう心境の変化だよ?」

「この子が『神様』と口にしたからよ」

「え?」

「シャルが神の存在を心の底から認め、感謝したからよ」

「……そんなことあったか?」

 アルドは(いぶか)しんだ。


「あったのよ。私は分かってるからいいの。それに、シャルの()()()()()()()()()()のは私だし」

 その声でシャルが目を開けた。

 部屋の中に、見知らぬ女がいた。

 シャルがアルドを見た。アルドを見て、ルーチェを見た。


(……誰?この女……)

 という顔をしていた。完全に不審者(ふしんしゃ)を見る目だった。

「やっぱり、ルーチェ、お前だったか」

「『拷問(ごうもん)(ゆめ)』は便利だったでしょ?シャル」

「え?ええ。はい……あの……」

「ああ、私はルーチェ。女神よ。前世の頃からあなたを知ってるわ。よろしく」

「ど、どうも……?」

 シャルがまだ不審者を見る目でルーチェを見ていた。


「シャル、確かに不審者だが、その不審者を見る目はやめてあげろ。仮にも神様だぞ?」

「あ、すいません……」



「それで?」とアルドが言った。

「ルーチェがわざわざ俺たち二人の前に出てきたということは、ただの雑談じゃないんだろ?」

「もちろん。これからのことを話すためよ」


「ぶっちゃけどうしたらいいか分からなくて困ってたんだ。前にお前が言った『前世の清算(せいさん)』の片鱗(へんりん)さえ(つか)めていない」

「それはね、宰相(さいしょう)のヴィクトルがキーマンだったから。前世や、さらなる黒幕への(つな)がり。まさか廃人にしてしまうのは想定外だったわ。そこで、シャルには拷問の夢の派生スキルも解放することにしたの」


「そんなことができるのか?」

「拷問の夢の強化はまだ解放してあげられないんだけど、どちらかというと逆のベクトルだから。でも、使い方によってはもっと残酷(ざんこく)なことができるの」


 ルーチェが続けた。

「拷問の夢を受ける前の精神状態に戻すことができるの。拷問の夢で受けた苦痛や恥辱(ちじょく)()けるけど、なんとなく嫌な恐怖だけは残っていて——明らかに酷い目に遭わされたという、なんとも言えない恐怖だけが残る。潜在意識(せんざいいしき)にビジョンが残るのよ。見ようによっては、そっちの方が残酷かなと思うスキル。これを拷問の夢とループさせて使うと……強制的に精神状態は戻されるけれど、シャルと拷問(ごうもん)に対する恐怖だけは蓄積(ちくせき)するの」

「エグいな?そのスキル」

「それを使ってヴィクトルを強制的に戻してみれば、わかることもあるんじゃないかな?」

「そうか」

 シャルが静かに聞いていた。目が少し冷たくなっていた。

「拷問の夢」を使う時の目だった。


「あと、先に言ってしまって申し訳ないんだけど……」

 ルーチェが少し間を置いた。

「このままだと近々、帝国と戦争が起こると思うよ、とだけ」

「そんなあっさりと……ん?でも帝国は隣国じゃないぞ?ロンド王国とは小競り合いが続いているという話は聞いた事がるが……」

「それも含めて、未然に防ぐか、起きてから対処するかになるかな。その辺はエリシアと話をした方がいいかも。あ、もちろん私の存在は伏せてね」

「はいはい」

「『はい』は一回」

「はいはい」

「もう!」

 ルーチェが笑いながら消えた。


 部屋が静かになった。

 シャルがアルドの腕に腕を絡め、アルドを見た。

「……毎回ああなのか?女神ルーチェ様は」

「だいたいな」

「ただのフランクなねーちゃんだったぞ?」

「お前が言うか」

 シャルの肩が動いた。



 エリシアのところへ向かった。

 アルドとシャルが別邸(べってい)に入ると、エリシアがすでに書類を広げていた。顔を上げた。アルドを見た。シャルを見た。二人を見比べた。


 何も言わなかった。

 ただ、一瞬だけ目が細くなった。

 アルドはこの一連の動きを、もちろん知っている。「女の(かん)」だ。



「……報告があります」

 エリシアが書類を手に取った。

「国境で(いさか)いが起きています。実は結構前から、小競(こぜ)()いが続いているようで」

「どの辺りだ?」

 エリシアが地図を広げた。指で示した。

 アルドは地図を見た。


(……ここは)

「アルド」とエリシアが言った。「あなたが今回の叙勲(じょくん)(さず)かった封土(ほうど)です」

 アルドは地図をもう一度見た。


(俺の領地(りょうち)か)

「そりゃ、行くしかないな」

「ええ」とエリシアが言った。「ただ——」

 エリシアがアルドを見た。


「気をつけてください。単純な(いさか)いではないかもしれません」

「わかった。国境付近だから少し離れてるな……」

 アルドは地図から目を離した。

 シャルが隣で地図を見ていた。


「また二人か……」

「文句あるか?言わせないがな」

「いや、別に文句など無いぞ?これからも、よろしくな」

 シャルの口の(はし)が上がった。そしてアルドを(ひじ)で小突いた。


 それを、エリシアは見ていた。



 アルドは窓の外を見た。王都の空が広がっている。

(また、新たな攻略(こうりゃく)が始まるのか。まずは、現地の様子を確認してからだな)


 腰がうずいた。


(わかっている、友よ。もうお前にバチボコに殴られて、正直メロメロっす。許してくれ)

 腰が「転職してえ」と言ってきた。


(うちはブラックなんだ。この世界は労基(ろうき)はないからな。転職したかったら、代わりの腰を用意してからにしろ)




~第4章 完~

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