第44話 拷問の夢
翌朝、空が白んだころに宿を出た。
倒れた刺客三人は縛り上げて別室に押し込んである。逃がした一人は、今ごろ宰相のところに報告に戻っているだろう。それでいい。
馬車の中で、シャルが窓の外を見ていた。
「昨夜の件、エリシア殿下に全部話すのか?」
「ああ」
少し間があった。
「……無茶をするな?」
珍しい声だった。計算のない、素の声だ。アルドは少し考えてから答えた。
「お前もな」
シャルが窓の外を見たまま、肩を小さく動かした。
別邸に通されると、エリシアがすでに待っていた。いつもより少し早い時間だ。昨夜のうちに何かを察していたのかもしれない。
アルドが口を開いた。
「昨夜、刺客が来た」
エリシアは動かなかった。
「複数だ。全員制圧した。一人だけ、意図的に逃がしている」
「怪我は?」
「ない」
「シャルロットも?」
「ない」
エリシアが少し間を置いた。顔には何も出ていない。ただ、膝の上で組んだ手の、指先だけが動いた。それから、静かに息をついた。
「続けてください」
アルドが捕らえた刺客の話をした。三人、別室に拘束してある。エリシアが「使えますか?」と言った。
すると、シャルが「試したいことがある」と立ち上がった。
別室は薄暗かった。石造りの壁。窓がない。
男が一人、椅子に縛り付けられていた。目隠しをされている。昨夜アルドが制圧した一人だ。意識は戻っている。縛られていることに気づいて、体を動かそうとしていた。
シャルが近づいた。
「何をするつもりだ?」とアルドが小声で聞いた。
「実は、変な夢見てさ。不思議な能力を、手に入れたかもしれない」とシャルが答えた。
「なぜか、どうやればいいかがわかるの」
アルドは黙っていた。
シャルが男の肩に、静かに手を置いた。
一瞬だった。
男が絶叫した。椅子ごと体が跳ねた。縛り付けられているのに、全身が震えた。声にならない声が出た。それが数秒続いて——男が泡を吹いて崩れた。肩で息をしながら、震えが止まらない。
「た、頼む……!もう…許してくれ…っ!な、なんでも話すから……っ!」
男が喋り始めた。黒幕である宰相の名前をはじめ、指示の内容。標的。報酬。全部、止まらずに出てきた。シャルが手帳を取り出して、淡々と書き留めた。
男が全部吐き終えると、シャルが手帳を閉じた。
エリシアが静かに聞いた。
「……何をしたんですか?」
「正直、自分でもよくわからない」とシャルが答えた。
「でも、なぜかやり方がわかった」
一拍置いた。それから、何でもないように言った。
相手が「目隠し」か、「手足が縛られている状態」の時にだけ、シャルが触ると、相手に『こうしてやりたい』というビジョンを見せることができるらしい。
ボコボコに殴ることもできれば、快楽漬けにすることもできる。
約二時間分くらいのビジョンを、一瞬で全身の神経に、五感を通じてリアルに感じることができる。
今回シャルは、情報を引き出すのに一番都合がいいのは「拷問」と判断し、シャルの知り得る限りの、苦痛と恥辱に塗れた拷問のビジョンを投下したとのこと。
「この能力は、『拷問の夢』という名前にしておく」
部屋が静かになった。
エリシアがシャルを見た。何も言わなかった。アルドも何も言わなかった。
シャルが「戻りましょう」と言って、先に部屋を出た。
アルドは静かに考えていた。
……ルーチェ。多分、お前の仕業だよな?
何だよあの能力……
発動条件があるとはいえ、かなりの「チート」っぷりだぞ……
すると右耳から
「便利でしょ?」
とイタズラっぽく聞こえた、気がした。
黙っておくことにした。
応接間に戻って、三人で証拠を並べた。
アルドが懐から短剣を取り出した。王家の紋章が鈍く光る。テーブルの上に置いた。
「王女の代行者と名乗った上での襲撃だ。宰相が王都で刺客を動かした証拠になる」
シャルが手帳を開いた。
「刺客の自白。宰相からの指示、標的、報酬の詳細。全部取れています」
エリシアが自分の書類を重ねた。
「商業区の税の横流し、王家への情報遮断、複数の貴族への圧力——こちらで集めていた証拠です」三つが、テーブルの上に揃い、シャルが言った。
「グレイン様、重ねての確認です。ちゃんと紋章は使いましたか?」
「ああ、もちろん。確認もした」
アルドは不敵な笑みを浮かべた。
それを見たエリシアも、珍しく、口角が上がった。
「これで十分です」
エリシアが書類を一枚ずつ確認した。時間をかけた。それから、静かに顔を上げた。
「……これで、ようやく……宰相を、追い詰められます……っ!」
その声に、初めて温度があった。
「日程を決めます」
エリシアが言った。声が変わっていた。決めた人間の声だ。
三人で段取りを詰めた。
王への上奏は五日後。貴族の証人はシャルがガイウスに連絡を取る。宰相の身柄拘束は上奏の翌日、証人が揃った状態で行う。逃げ道を全部塞いでから動く。
「アルドの役割は」とシャルが確認した。
「宰相と直接対峙する場面で動く。絶対交渉権で読む。向こうが何を考えているか、逐一流れを確認する」
「宰相が抵抗した場合は?」
「その時はその時だ」
シャルが少し間を置いた。それから、手帳に書き込んだ。
エリシアが「異論はありません」と言った。
段取りが決まった。
シャルが立ち上がった。
「先に連絡を入れてくる。ガイウス・レンフォード子爵とドワイト商会に動いてもらう必要がある」
エリシアが「お願いします」と言った。シャルが頷いて、部屋を出た。
扉が閉まった。
二人きりになった。
しばらく、何も言わなかった。エリシアが書類を揃えていた。アルドは待った。
エリシアが手を止めた。
「昨夜の襲撃の話……怖かったです。グレイン様をもし失ってしまったら、と思ったら…」
静かな声だった。
「そうか」
「それだけですか?」
「ああ。今、元気だからいいじゃねーか。今を生きろ、若人よ」
エリシアがアルドを見た。ちょっとふくれてた。
「……バカなんですか?本当に」
「よく言われる。あと変なおじさんとも、よく言われる」
「知ってます。私が発信元なので」
エリシアが少し笑った。それから、また書類に目を落とした。感情をしまう仕草だった。
アルドが立ち上がった。
「こんなの、さっさと終わらせるぞ」
エリシアが顔を上げた。アルドを見た。少し間があった。
「……ええ」
それだけだった。言葉より、目が語っていた。
アルドは扉に向かった。
背中に、エリシアの声が届いた。
「これで、終わらせます」
アルドは振り返らなかった。




